コラム

ガザ「即時停戦」提案でハリス副大統領の存在感は復活できるか?

2024年03月06日(水)14時45分

例えば、問題になっている南部国境の移民にしても、ハリスは政府の特使として2022年にホンジュラスに乗り込んで、当選したばかりのシオラマ・カストロ大統領に女性同士の直談判に及んだことがあります。当時は、ホンジュラスの治安悪化が問題になっており、そのために移民がアメリカの南部国境に殺到していました。

その際には、補助金に加えて、ハリスはカストロに対して「ギャングへの徹底した取り締まり」を伝授したようで、その後、カストロの下でホンジュラスからの移民流出は減少しました。ハリスとしては、見事な功績と言えるのですが、このエピソードはアメリカ国内では十分に伝わっていません。一説によれば「人権の制限を含む捜査活動」を推奨したというのは「ハリスの汚点になる」のでアピールしたくないという声が、事務所内にあったとも言われています。

そんな中で、この3月に入ってハリス副大統領は、精力的に中東和平に取り組んでいます。3月3日にはホワイトハウスで演説を行い、ガザにおけるイスラエルの軍事活動について「即時暫定停戦」を訴えました。同時に、ガザへの人道支援を強化すると表明し、こちらは既に物資の投下が始まっています。

 
 

ハリスにとっても正念場

ハリスの言動は、バイデンの政策と大きく矛盾するわけではありませんが、ハリス自身がユダヤ系の夫と、その子どもたちという家族を持ちながら、踏み込んだ発言と行動に出ていることには、特に若者にはアピールするものがあると思います。

もちろん、こうした言動は諸刃の刃です。というのは、共和党の、特にトランプ派は、以前から、全くのイメージ戦術に過ぎないながら、「ハリスは過激な人権主義者で反米的」だとして激しい非難を浴びせてきています。ここへ来て、パレスチナの代弁をするということは、この種の批判を加速させる危険を呼び寄せているとも言えます。

また、7日(木)に予定されているバイデン大統領の「一般教書演説」で、大統領がパレスチナ問題について、どのように語るかという問題があります。ハリスとの間に大きなズレがあるようですと、民主党内でも問題になるかもしれません。

そうではあるのですが、現在、バイデン政権は非常に苦しい状態です。物価高と移民問題、そして中東における戦争を止められないことで、リベラルな若者層からも「消極的な選択としてトランプもアリか?」という動きが出てくるという危機的な状態です。そんな中で、バイデンが出馬断念を「しない」という現状では、若者の票を逃さないためには、ハリスの存在には依然として大きな意味があります。今回の「即時停戦提案」を契機に、彼女が存在感を取り戻せるのか、注目してみたいと思います。

ニューズウィーク日本版 豪ワーホリ残酷物語
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月9日号(9月2日発売)は「豪ワーホリ残酷物語」特集。円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代――オーストラリアで搾取される若者のリアル

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中朝首脳が会談、戦略的な意思疎通を強化

ビジネス

デジタルユーロ、大規模な混乱に備え必要=チポローネ

ビジネス

スウェーデン、食品の付加価値税を半減へ 景気刺激へ

ワールド

アングル:中ロとの連帯示すインド、冷え込むトランプ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story