コラム

移民親子「引き離し」を大統領令で撤回、迷走するトランプ政権

2018年06月21日(木)13時45分

この弁明ですが、要するに「民主党の作ったルールでは、親子が20日以上、強制執行施設にはいられない、その場合は人道的観点から子供を保健福祉省が保護しなくてはならないので、そうしているだけ」というのです。確かに、現時点では2000人を超える子供たちは保健福祉省所轄の収容所に入られており、親は逮捕のうえ、国土安全保障省の施設に入れられているのは事実です。

ですが、このルールがあるのに「全員即時逮捕」という政策を取れば、このような「親子隔離」になるのは「分かってやっている」のは間違いありません。そんな中で、大統領は「悪いのは議会」という強弁を続けていたのですが、ホワイトハウスの周辺では「このままでは政治的ダメージが大きくなる」という声も出ていました。

また政治的には、共和党の支持者の中に深刻な分裂が生まれていました。世論調査によれば、共和党支持者の53%が「親子隔離」も「やむを得ず」としているというのですが、例えば穏健派のジョン・ケーシック(オハイオ州)知事は「こんな蛮行を許していては、レーガンとブッシュ親子の共和党が崩壊する」と激しく政権を批判していましたし、保守派の中でも宗教保守派からは「家族の価値を蹂躙するもの」という批判が出ています。また、アメリカのカトリックからの反発も強くなってきていました。

そして今週20日になって「親子は一緒に扱うように」という「大統領令」が突然出されました。トランプ政権としてはめずらしく、政治的な方針転換がされたのです。ただ、この大統領令は他の法律や、実態との整合性を取ることなく、唐突に出されたものです。従って今後については、まったく予断を許さない状況が続くようです。

まず「全員逮捕」という「ゼロ・トレランス政策」の看板は下ろしていません。ですから、親子一緒に被疑者扱いがされることになります。そんな中で、被疑者用の施設に入れることができる限度である20日以内に、審判が下りる保証はありません。そこで、審判を待つ間は、子供用の収容所に親も入れるように改造して、それを「家族用の収容所」にするというのですが、現時点では詳細は未定です。

最大の問題は、この大統領令では「現時点で親子が引き離されている2000以上の家族」については、一切何も触れていないということです。つまり、現在引き離されている家族が一緒になれる見通しは立っていません。そんな中、親は「国土安全保障省」の所轄、子は「保健福祉省」の所轄ということで、縦割り行政の中で「お互いの居場所が分からず、連絡も取れない」というケースが多くなっています。米国内の人道危機は日々局面を変えながらも、続いているのです。


【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

バフェット氏、トランプ関税批判 日本の5大商社株「

ビジネス

バフェット氏、バークシャーCEOを年末に退任 後任

ビジネス

アングル:バフェット後も文化維持できるか、バークシ

ビジネス

OPECプラス、6月日量41.1万バレル増産で合意
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見...「ペットとの温かい絆」とは言えない事情が
  • 3
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1位はアメリカ、2位は意外にも
  • 4
    野球ボールより大きい...中国の病院を訪れた女性、「…
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 7
    「すごく変な臭い」「顔がある」道端で発見した「謎…
  • 8
    「2025年7月5日天体衝突説」拡散で意識に変化? JAX…
  • 9
    なぜ運動で寿命が延びるのか?...ホルミシスと「タン…
  • 10
    海に「大量のマイクロプラスチック」が存在すること…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story