コラム

新しい手法でリアリティを追求した魔法の映画『ハッピーアワー』

2016年12月13日(火)15時30分

 それは、これまでの商業的な劇映画が持っていた「劇」つまり芝居、あるいは演技ということを一旦全否定して、新たにフィクションの空間としての映画というものを再定義したということです。

 その再定義というのは、どういうことであって、何がそれを可能にしたのか、この点については映画のメイキングの記録というべき『カメラの前で演じるということ』(濱口竜介、野原位、高橋知由、左右社刊)を読んで、驚愕とともに理解をしたことを申し上げておきたいと思います。

 通常の劇映画というのは、文字通りの「劇」に他なりません。まずストーリーがあり、それは台詞から構成された脚本という形で表現されます。その脚本は、恐らくはそのまま舞台で上演されても意味を持つように作られており、従って虚構性に満ちています。

 虚構性というのは、絶対に現実世界では起きないという意味です。どういうことかというと、台詞に加えて、ト書きに書かれた情報が舞台の演出や装置、映画のセット・演出として表現されることで、誰にでも分かる虚構の空間が完成するからです。

 その虚構の空間では、一つ一つの台詞は、ストーリーの流れと、その場の演技の相互補完によって「誰にも意味とニュアンスが分かるように」表現される仕掛けです。ですから、実生活における会話とは似て非なるものとなります。

【参考記事】『ガール・オン・ザ・トレイン』は原作を超えて救いを感じさせるミステリー

 ところが、この『ハッピーアワー』では、そのような映画的な虚構性が極端なまでに排除されています。それは3つのアプローチから出来ています。

 1つ目は、役者さんに登場人物の背景情報と、場面場面の複雑なコンテキストを理解させているということです。役者さんが未経験者だということが重要なのではありません。そうではなくて、「劇の台詞」ではなく、ある複雑なコンテキストの中で、一つの台詞が発せられるのであれば、その背景にはどんな感情や意味があるのかを、膨大な情報とともに役者さんに考えさせているのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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