最新記事

映画

『ガール・オン・ザ・トレイン』は原作を超えて救いを感じさせるミステリー

2016年11月19日(土)09時10分
ケイティ・ウォルドマン

©UNIVERSAL PICTURES

<酒に溺れた心の闇に密封される殺人の記憶――。原作のミステリー小説より深く哲学的な『ガール・オン・ザ・トレイン』>(写真:酒浸りのレイチェルはある夫婦を盗み見るのが日課だが、その妻が失踪して......)

 心を病んだ3人の女性を軸に展開するエロチックな殺人ミステリー――。世界で1500万部を売ったポーラ・ホーキンズの『ガール・オン・ザ・トレイン』(邦訳・講談社文庫)は、いかにも映画向きの小説だ。ただし繰り返しが多く、感情移入しにくい登場人物たちが過去に引きずられて延々ともがく。

 テイト・テイラー監督は、映画版を原作よりも深く哲学的に仕上げた。観客は目まぐるしい展開に目を奪われ、犯人が誰か何度も推理し直すことになる。

 テイラーはジャンルの壁を超え、トーンも視点もころころ変える。そうすることで不安定な精神に宿るひらめきを表現し、人はどん底から抜け出して生まれ変われると訴える。

【参考記事】じわじわ恐怖感が募る、『ザ・ギフト』は職人芸の心理スリラー

 映画の舞台は原作のイギリスからニューヨークに変わったが、ストーリーの基本は変わらない。離婚の傷が癒えないレイチェル(エミリー・ブラント)は無職で酒浸り。毎朝電車に乗り、別れた夫トム(ジャスティン・セロー)が再婚相手のアナ(レベッカ・ファーガソン)と暮らす家の裏庭を車窓から見詰める。さらにその近所のスコット(ルーク・エバンス)とメガン(ヘイリー・ベネット)を「理想の夫婦」と美化し、取りつかれたように2人をのぞき見る。

 ある日、レイチェルはメガンの不倫現場を目撃。直後にメガンは失踪する。愛人と逃げたのか。夫に何かされたのか。それともレイチェルの仕業か?

 回想とも妄想ともつかない映像が挿入される。どうやらレイチェルは泥酔して錯乱し、記憶にない犯罪を犯したらしい。容疑者となった彼女はスコットと親しくなり、トムと敵対する。

 映画は観客を巧みに惑わす。ミステリー小説の映画化はネタバレしているのが難点だが、原作と違う結末になるのかと思うほど徹底的に煙幕が張られる。

 真犯人を知っていても、パズルのピースがはまっていくのを見るのは面白い。3人の女性の物語は交錯しつつ、それぞれの人生を際立たせる。メガンの母性的な一面を捉えたフラッシュバックはレイチェルが不妊に悩むシーンに溶け込み、アナが子供を守ろうとする場面に変わる。誰が誰だか分からなくなるほど流動的なこの演出は、ウオッカのように頭をくらくらさせる。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

シンガポール、米ナスダックとの二重上場促進へ 来年

ビジネス

金利水準は色々な要因により市場で決まる、直接的な数

ワールド

伊プラダ、さらなる買収検討の可能性 アルマーニに関

ワールド

トランプ氏、マムダニ次期NY市長と21日会談 ホワ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 4
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 5
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 6
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 7
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 8
    ホワイトカラー志望への偏りが人手不足をより深刻化…
  • 9
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 10
    衛星画像が捉えた中国の「侵攻部隊」
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 7
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中