コラム

ブレグジットがトランプの追い風にならない理由

2016年06月28日(火)15時30分

 何よりもファミリーとすれば、せっかく許可が降りてオープンにこぎつけたゴルフリゾートですから、地元のスコットランドに好印象を持ってもらうことをビジネスとして優先したという可能性もあります。結果的に、この会見は妙な雰囲気の中で尻すぼみに終わりました。

 一部のメディアからは、「スコットランドのゴルフ場を成功させたいにも関わらず、離脱派を応援するという矛盾した行動を取ったトランプは、政治家としての能力に欠ける」という批判を受けましたが、そう言われてもおかしくない会見でした。

 それはともかく、背景にはもっと幅広い問題もあります。アメリカという国は格差社会かもしれませんが、イギリスのような階級社会ではありません。ですから、中高年が「グローバリズムに対して怒っている」といっても、アメリカのトランプ支持派の「怒り」は、イギリスの離脱派のような「怨念」にはなっていないと言えるでしょう。

 またアメリカ人は、どんなにグローバル経済から「遅れて」いても、株式市場には敏感です。個人年金資産にしても、直接の株式投資にしても、株式市場を非常に身近なものとして感じている社会です。ですから、たとえトランプ支持派であっても、今回の「ブレグジット株安」に関しては極めて不快な感覚を持っていると思います。

【参考記事】選挙戦最大のピンチに追い込まれたトランプ

 さらに言えば、排外主義の中身も違います。アメリカの場合は、排外主義といっても、あくまでも、テロが怖いからイスラム教徒を排除したい、違法に入ってきたから不法移民を排除したいという感情論が中心です。合法移民に対して、自分と利害が対立するから排除したい、流入が急速だからストップしたいという「直接的な対立」ではありません。

 大学でアジア系の学生が多すぎるとか、病院やIT企業に行くとインド人ばかりだというような批判や差別は、一人一人の心の奥底は別として、アメリカ社会では問題になっていないのです。

 ですから、アメリカの国民が「イギリスが独立独歩の道を選んだ」のだから、自分たちも「国際貢献やグローバリズムを捨てて孤立主義を強化しよう」ということにはならないでしょう。むしろ、「イギリスが愚かな判断をして国際市場を動揺させているので大変に迷惑だ」というのが多くのアメリカ国民の直感であり、トランプ支持者の多くもその感覚を持っていると思います。

 イギリスが国民投票で離脱を選んだからといって、同じような孤立主義のトランプが支持を広げ、極端な思想で暴走するような現象は、現時点では起きていません。

 反対に、今回の混乱を見たことで、「感情論に立脚した孤立主義の危険性」についてアメリカであらためて認識を新たにする気配があります。要するに、トランプ陣営にとってはイギリスの離脱派勝利は逆風でしかないのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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