コラム

映画『東北記録映画三部作』に見る地方の可能性

2015年04月16日(木)12時03分

 この4月中旬、プリンストン大学でほぼ一週間がかりの大きなイベントがあり、東日本大震災からの復興プロジェクトの一環として制作された「東北記録映画三部作(トウホク・トリロジー)」が上映されました。併せて、共同で三作を監督した酒井耕、濱口竜介両監督を交えたトーク・イベント、そして三部作の「完結編」である『うたうひと』に出演している児童文学者の小野和子氏の講演も行われています。

 この3部作ですが、大きな特徴が2つあります。1つは、その撮り方です。3つの作品『なみのおと』、『なみのこえ』、『うたうひと』(制作はサイレント・ヴォイス)は東北の震災を描いた映画ですが、そこには津波の映像も、被災地の瓦礫の山も全く出てきません。そうではなくて、被災した人々が登場して「ひたすらに語る」のです。それも一部を除いては「インタビュー」ではなく、「地元の人同士の語り」が主となっています。それは夫婦であったり、姉妹であったり、あるいは漁の再開ができない中で苦悩する漁師父子であったりするのです。

 その「語り」というのは、最初はぎこちなくスタートします。カメラ慣れしていない人々ですから仕方がないわけですが、それが徐々にトークの調子が出てくることで、最後には「対談の映像」では「なくなって来る」のです。そこで奇蹟が生まれます。まるでカメラ(を通じた観客)が聞き手としてトークに参加しているような経験が生まれるのです。これは、この3部作の最大の特徴であると同時に謎であり、プリンストン大学でのディスカッションも、この点に集中していきました。

 もう1つの特徴は、3部作の構成です。1作目、2作目は主として津波の被災者の体験談や復興への思いが、ひたすら語られていくという作品です。その意味では、確かに「震災に関する映画」になっています。ところが、3作目の『うたうひと』には、震災の話題は一切出てきません。その代わりに、口承で先祖代々民話を継承してきた3人の語り部たちが登場し、小野和子氏の絶妙なトークによって3人の「語り」が引き出されていくプロセスが記録されているのです。

 どうして1作目と2作目という被災の話に続いて、3作目には民話の語りを記録した作品が置かれているのか、その構成にはどんな意味があるのか、これも本作の持っている特徴であり謎であるわけです。

 この2つの謎のうち、最初の「地元の人同士のトークを撮っているのに、どうしてカメラが聞き手になるという奇蹟が生まれるのか?」という問題は、説明してしまうと「ネタバレ」になってしまうので、この場では差し控えます。ここでは、2番目の謎、つまり3部作の最後にどうして「民話の語り」が配置されているのかという点については、おふたりの監督自身も様々な場で語られていることもあり、また多くの問題を考えさせられる点でもあるので、この場で私見を述べておきたいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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