コラム

「メール全件削除」に出たヒラリー、疑惑はかわせたのか?

2015年03月31日(火)11時09分

 3つあります。1つは「本格的な武力攻撃なのに抗議デモだという誤認に至ったという失態」、そして2番目としては「オバマ政権によるビデオ問題に関する謝罪姿勢が、結果的に武力攻撃を招くようなスキにつながったという疑惑」、更に3番目としては「事態が深刻であることが判明した後に、判断ミスの隠ぺい工作があったという疑惑」という3つです。

 ヒラリーは、このいずれに関しても丁寧な説明をしているのですが、共和党は特にこの3つの点に関して「自宅のサーバ」に決定的な「やり取り」が残っているのではと見て、その内容を狙っていたわけです。

 では、どうしてそんな非常事態における交信について、ヒラリーは国務省のサーバではなく、自宅のサーバを使っていたのでしょう。ここからは私の推測ですが、要するに彼女は「国務省のサーバは信じていなかった」のだと思います。特に2010年に大規模な公電暴露が起きた「ウィキリークス事件」の後はそうです。

 ヒラリーは非常に警戒をしていたのだと思います。敵国のスパイ活動による情報漏えいだけでなく、国務省内部からも告発や漏えいがある中で、ヒラリーは1つのことを恐れていたのだと思います。それは非常に個人的なニュアンスの濃い会話が、政敵に渡ると言う危険性です。

 もしかしたら、ベンガジの事件の後で自分の落ち度について、何らかの「隠ぺい工作」があったかもしれないし、仮にそうした工作は不要であっても、ベンガジの事件に関して政敵からの執拗な攻撃に対して「こういう言い方で切り抜けよう」とか「共和党の誰々の発言は許せない」というようなことを、カジュアルな言葉遣いで自分の周囲と交信していたという可能性は十分にあります。そして、そうした「生々しいやり取り」は絶対に漏れてはならないことを彼女は知っていたと思います。

 だからこそ共和党はその「メールの中身を狙った」のでした。

 ですが、この「事件」、ほぼ幕引きの段階に来たようです。ヒラリーの判断はシンプルでした。「法律上求められている約3万通のメールは国務省に提出した」、「その他の60日を経過した個人メールは削除した」、「サーバは必要なら提出する」というのがその対応です。

 要するに、個人のメールはプライバシーだから削除するのは自由、公電は全て提出したものの国家機密に関する部分は機密扱いになるから公表は不要というわけです。もちろん、共和党サイドは「何かを隠しているのは明白」だとカンカンですが、世論はそんなに盛り上がってはいません。

 この事件、どうやらヒラリーは「ダメージコントロール」に成功したようです。漠然とではありますが、ヒラリーという人は「どこかに秘密主義的な部分がある」という印象を拡大することはあったかもしれませんが、共和党側としての決定的な追及は不発に終わりそうです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米金利先物、9月利下げ確率60%に小幅上昇 PCE

ビジネス

ドル34年ぶり157円台へ上昇、日銀の現状維持や米

ワールド

米中外相会談、ロシア支援に米懸念表明 マイナス要因

ビジネス

米PCE価格指数、3月前月比+0.3%・前年比+2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story