コラム

香港デモが天安門の再現には「ならない」4つの理由

2014年10月01日(水)15時35分

 ここで仮に香港の問題が収拾のつかない事態になれば、香港から上海、そして世界へと株安が連鎖して行く可能性もゼロではありません。特にアメリカはこの点について、かなり神経質になっています。では、香港のデモ隊は世界経済の足を引っ張る覚悟でやっているのかというと、そうではなく、反対に「だからこそ北京は無茶はしないだろう」という計算をしているように見えます。

 理由の第3は、情報の隠蔽は不可能な時代だということです。今回の事態を受けて、中国政府は「デモの画像の拡散」を恐れて、インスタグラムという画像系のSNSを遮断し、また国内版ツイッターである「微博」のサービスも制限しているようです。

 ですが、これだけスマホとネット回線が世界中を一体化している時代には、事実をいつまでも隠すことはできないし、また強硬な姿勢に出てしまっては、その事実も世界を駆け巡るわけです。その点が89年とは大違いだと思います。

 理由の第4は、当事者はみんな「バカではない」ということです。89年の「六四天安門事件」の際には、広場を占拠していた学生たちにも、そして最終的には制圧を決断する鄧小平をはじめとする中南海も、事態のすべてを計算して緻密に行動するポリティクスとしては、大変に未熟な印象がありました。

 ですが、現在の事態に関しては、何よりも市場経済が機能していること、情報が瞬時に駆けめぐるインフラがあることを前提として、デモ隊も、北京も、そして静かに見守る西側各国も大変に冷静です。また各プレーヤーが状況の全体像をよく見ながら動いているようにも思います。

 例えば、デモ隊のシンボルとなっているジョシュア・ウォン(黄之鋒)氏という学生は1996年10月生まれの17歳です。彼は、高校生の時から「政府の洗脳教育を拒否」する運動をスタートさせ、今回の運動では精神的な支柱になっているのです。

 その若さにも驚かされますが、ブログで政治的な正当性を主張するやり方、そして政府の庁舎に突入しようとして逮捕されながら、その際に「辛子スプレーを直射されている」映像を撮らせて世論を引きつけつつ「人身保護令請求」という抗告を行って数時間後には釈放を勝ち取り、再びデモ隊の先頭に立つという行動力には、強烈なカリスマ性を感じます。

 香港政府はジョシュア・ウォン氏のことを「アメリカのスパイ」だという中傷を行っており、その容疑で自宅のパソコンを押収したりしていますが、本人はキッパリと否定する中で、民衆の支持は揺らいでいないようです。彼の表情や政見を見ていますと、89年の際の学生リーダー、ウアルカイシ氏や柴玲氏よりも、スケールの大きな冷静さとクレバーな戦略性を感じるのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロ産原油、割引幅1年ぶり水準 米制裁で印中の購入が

ビジネス

英アストラゼネカ、7─9月期の業績堅調 通期見通し

ワールド

トランプ関税、違憲判断なら一部原告に返還も=米通商

ビジネス

追加利下げに慎重、政府閉鎖で物価指標が欠如=米シカ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの前に現れた「強力すぎるライバル」にSNS爆笑
  • 4
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 7
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 10
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story