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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
エドワード・スノーデンはどうしてNSAを裏切ったのか?
NSA(アメリカの電子スパイ組織「国家安全保障局」)の外注先技術者であったエドワード・スノーデンが、NSAが「プリズム」というシステムを使って、SNSやクラウド・サービス、あるいはインターネットの接続業者など大手のIT企業9社から網羅的にデータを収集していたという事実を暴露した事件は、国際情勢に大きな影響を与えています。
まず、このスノーデンは潜伏先として香港を選んでいます。香港の旧宗主国である英国との関係、「一国二制度」の中で認められている開かれた法制度、その背後にある中国の政治力などを使いながら、政治的サバイバルゲームをやるのには格好の位置ということなのでしょう
そのスノーデンは、「NSAは中国に対するハッキングをやっていた」という暴露を行なってアメリカの中国に対する「人権外交」にダメージを与えたり、G8会議が北アイルランドで始まるというタイミングで、「2009年のロンドンでのG20サミットでは英国は参加各国に対してスパイ行為を働いていた」という資料を英紙ガーディアンを通じて公表するなど、ほとんど「日替わり」で活動しているわけです。
このスノーデンですが、「ウィキリークス」のジュリアン・アサンジとの比較で語られることが多いようです。ただ、アサンジの場合は10代前半の少年時代からハッキング行為を行うなど、生き方にある種の「一匹狼」としての一貫性があること、全世界から「通報者」を集めて世界中の「政府の欺瞞」を暴露するという規模的に豪快な行動であることなど、性格的・思想的にスノーデンとは違いがあるように思います。
スノーデンの場合は、何らかの理由で高校からドロップアウトし、その後、陸軍の特殊部隊を目指すものの事故で負傷して挫折しています。一方で、コンピュータの技術への適性を生かして学位を取ったりする中で、CIAにリクルートされてインテリジェンスの世界に足を踏み入れているわけで、29歳という若さにも関わらず相当の紆余曲折を経てきたと言っていいでしょう。
そのスノーデンですが、日本の米軍基地内でNSA関係の「システム管理者」をしていたそうですが、一部の報道によれば「日本のサブカルチャー」にハマっていたという情報もあります。もしかしたら政府が人間の頭脳を管理するという近未来世界を批判的に描いた、士郎正宗氏の『攻殻機動隊』の世界に影響を受けていたのかもしれません。そう言えば、映画版(押井守監督)では香港のシーンもあったように思います。
それはともかく、私はスノーデンの今回の「告発」に至った軌跡には、治安維持・軍事・外交といった「セキュリティ」というものが密接に情報通信技術と関わっている現代の「IT人材の闇」を反映しているように思います。
このNSAもそうですが、アメリカのスパイ組織は情報システムに関する防衛にしても攻撃にしても、あるいは情報収集にしても、高度な技術を持った人材を求めているわけです。ですが、そこに1つの問題があります。アメリカの場合、最高レベルのIT技術者は好き好んで軍や諜報機関には志願してくれません。というのは、もう1つの別の世界である「民間のIT産業」の方が、優秀な若者を引きつけているからです。
むしろ、同じ年齢層で同じ専門領域の技術者であれば、優秀な人材は民間に流れ、何らかの事情で「良い職にありつけなかった」層がスパイ組織に行くわけです。勿論、NSAなども必死のリクルート活動をしているわけですが、民間には負けるのです。経済的な待遇という点だけでなく、民間であればIT技術者も自由な一般市民ですが、スパイ組織のIT技術者というのは厳しい守秘義務を課せられたり、自身が監視下に置かれたりするからです。
例えば、今回のスノーデンの「暴露」を受けて、アップル・コンピュータは「ユーザーのプライバシーに関するコミットメント」という声明を発表しています。そこでは、「政府からの情報提供要請を受けているのは事実」だとして「2013年5月までの半年間に、当局から4000から5000の要請があった」としながらも「その大多数は失踪した子供の捜索、認知症の高齢者の捜索、盗難事件の捜査、自殺の防止など」だとしています。そして「全てのケースに関して、社内のコンプライアンス専門家のチェックを受けてから情報提供をしており、拒絶することもある」というのです。
この声明の中に書かれた内容が100%真実であるのかは別としても、この文面自体が物語っているのは良くも悪くも「自分たちは陽の当たる所で堂々と商売をしている」というプライドです。アップルの場合は、軍需産業の側面よりも教育市場への浸透をブランドイメージにしているという姿勢もそこに重なってきます。つまり、明らかに「民間IT」の方が「堅気(カタギ)」であり格上なのです。
これがCIAの一般の、つまり「非IT部門」の分析官や工作員であれば、そもそもが国際政治などを専攻した学生集団、つまり職業外交官を志望するような集団の中から選抜していけば、モラルの高い人材を集めることは可能のようです。オモテの世界である外交官と、ウラの世界である工作員というのは、身分を明かして行動するかどうかの違いはあっても、そもそも「自分の知的能力を国家のために活かしたい」という動機は同じですし、職務内容もそんなに変わりはないからです。
しかも、9・11以降の21世紀のアメリカでは「CIA」に対する社会の目は一変しており、「怪しいスパイ」ではなく「兵士と同様にテロを抑止するスペシャリスト」として尊敬されるようになっています。「元CIA」という人がTV解説者になったり大学の先生になったりというのも自然になり、社会的な地位として「悪くない」ことになっているわけです。
ですが、NSAなどの「秘密のITセキュリティ要員」の場合は、花形産業である民間のIT企業でもなく、社会から尊敬を受ける軍人やCIAでもない、全くの「闇の存在」になってしまうわけです。スノーデンの場合は、更にCIAやNSAの直接雇用から「外注先」に回されている中で、様々な屈折があったことは予想されます。
ガーディアン紙の取材に対して「CIAのリクルートの際に、その欺瞞性に疑問を持った」ということをスノーデンは言っていますが、これは一般的にCIAやNSAなどのスパイ組織が強引で人を縛り付けるような採用をしているというよりも、IT要員であるための「闇」に触れたということではないかと思います。
そのスノーデンですが、IT技術者になる前は軍人を目指していたわけですから、ある種の「名誉の感覚」あるいは「名誉への渇望」というものを持っていた可能性があります。自身の負傷でその可能性が断たれた後にも、そうした「名誉への渇望」の感覚は残り、「スパイ組織のITセキュリティ要員」という「闇の世界」に入っていった後には、それが組織への強烈な違和感となっていったのかもしれません。
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