コラム

オバマも共和党も決定打なし、どうなる米国の雇用政策

2011年09月07日(水)10時06分

 2008年9月のリーマン・ショックの「3周年」が近づいていますが、アメリカの景気低迷が本格的に底を打ったという兆候はまだありません。それどころか、8月の米国債格下げと欧州の財政危機問題がズルズルと尾を引く中、「景気の二番底はあるか?」とか「一度も良くなっていないのだから一つ目の底が底なしに向かっているだけ」などという悲観論が出たり入ったりしているわけです。

 そうした状況の中で、先週の金曜日(2日)には8月の月次雇用統計が発表されて、単月での新規雇用の増加がゼロだったという数字が一人歩きし始めました。その直後は、月曜日がレーバーデー(労働者の日)の3連休だったのも皮肉ですが、その連休明けの今週は、オバマも共和党も一斉に「雇用対策」を打ち出そうとしています。

 大統領の方は少々派手な仕掛けで、8日の木曜日に上下両院の合同議会を招集して「雇用に関する演説」を行い全国へテレビ中継をすることになっています。そう言うと聞こえは良いのですが、実態は「本当は7日にやりたかったが共和党の大統領候補ディベートと重なるからダメ」ということでこの日になったのです。

 また開始時刻についても「本当は夜の8時以降にやりたかったが、NFLの開幕戦が8時半からなのでダメ」ということで、「異例」の東部時間午後7時からの大統領演説というスケジュールになっています。これでは、西海岸の人はまだ午後4時で勤務中か、帰宅ラッシュの最中ということになります。

 それはともかく、オバマ演説の内容は「追加の公共投資+所得減税+職業訓練」ということになるようです。これに対して、共和党側では、例えば大統領候補のミット・ロムニー元マサチューセッツ州知事は6日の火曜日にメディア向けに「雇用対策」を発表しているのですが、こちらは「キャピタルゲインや配当課税の廃止+法人減税+規制緩和+医療保険改革の停止で雇用時のコスト低減」と確かに「共和党的」な内容になっています。

 この2つの路線は並べてみれば確かに「全く違い」ます。まして、お互いに非難を始めてそれがエキサイトしてくるようだと立派な論戦になってしまいます。その結果として「どちらかを選択すれば良い」という気分にさせられてしまうのですが、果たしてそうでしょうか?

 私はこの両者の「雇用政策」はどちらも小手先のものであり、本質的な米国経済の好転や大規模な雇用創出という点では実効性は薄いと考えます。ただ、現在2011年の9月というのは、3年前のリーマン・ショック直後と比較すれば、(1)銀行の体力がほぼ回復した、(2)不動産価格がほぼ底に来ている、(3)民間も公共セクターも徹底的なリストラが一巡、という3点において状況は「はるかにまし」なのは間違いありません。

 ですから、小手先の「政策」を実行したとしてもそれが上手く「自然反転」のトレンドに乗れば「効果」が出る可能性はゼロではないわけです。その点でも、オバマの政策も共和党の主張も同レベルでしょう。

 ちなみに、雇用創出を難しくしている最大の原因は空洞化ですが、現時点で中国との貿易摩擦を真剣に戦おうというような、保護主義的な動きは双方ともに僅かです。オバマはあくまで競争力を競うという言い方ですし、共和党の候補については、今回のロムニーにしても「知的所有権の侵害などには毅然として臨む」という程度で、中国との間で本格的に保護主義的なバトルを戦うつもりはないようです。

 そんな中で、やはりインパクトのあるのはQE3(量的緩和第3弾)でしょう。世界中に余剰資金を回してインフレの元凶だと言われ、QE2はかなり評判が悪いのは事実です。特に日本などは、超円高が短期的には固定化しており、正にその被害を被っている形です。ですが、このQE2というのは、どう考えても輸出型産業、グローバル化した産業では、アメリカ経済の数字改善に役立っているのです。QE2で足りなければQE3へと、連銀が踏み込む可能性はまだまだあると見ておかなければなりません。

 その意味で、今週の「雇用政策バトル」は与野党どちらもパッとしない「痛み分け」になり、むしろ連銀が何かをやる上での「前座」ということなのかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P4日続落、割高感を警戒 エヌビ

ワールド

ゼレンスキー氏が19日にトルコ訪問、ロシアとの交渉

ビジネス

日産、九州工場で24日から再び減産計画 ネクスペリ

ビジネス

NY外為市場=ドル対円で一時9カ月半ぶり高値、高市
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story