コラム

政府専用機にそもそも「専用機材」は必要なのか?

2011年02月25日(金)11時19分

 クライストチャーチ地震に対する国際緊急援助隊派遣に「日本国政府専用機」が使用されました。派遣に時間がかかったとか、被災者の家族を同乗させる構想を組織の論理で潰してしまうという失態があったものの、今はとにかく援助隊の活躍で行方不明者の方が一人でも多く救助されることを祈るしかありません。アメリカでは「各国からの救援部隊も到着して必死の救出作業が続いている」という報道(NBC24日朝の「トゥデイ」)の中で、日本の援助隊の活動も取り上げられています。

 ところで、政府専用機といえばアメリカの「エアフォース・ワン」が有名です。ハリソン・フォードの主演で同名の映画が作られているように「エアフォース・ワン」といえば、クラシック・ジャンボ(747−200)の改造機に青と白のツートンカラーを施した機材で、現職のオバマ大統領も移動に使用している機材のことを通常はイメージします。ですが、あのクラシック・ジャンボ改造機が「エアフォース・ワン」だというのは正確ではありません。

 本当の「エアフォース・ワン」には機材はないのです。「エアフォース・ワン」というのは「コールサイン」といって、航行中の航空機が管制官あるいは他機と交信する際の「ID」であり、民間機の場合ですと「全日空10便」であれば「オールニッポン・テン」となるのと同じです。機材とコールサインは違います。全日空10便「オールニッポン・テン」が777の機材を使っていたとして、たまたまその日の機材には例えば「JA783A」という登録番号があるわけですが、これが機材を特定する番号で、クルマのナンバープレートのようなものです。アメリカの「いわゆるエアフォース・ワン」は2機あって、それぞれ機材番号(特別な数字のみの番号)を持っています。

 では「エアフォース・ワン」というのはどういう意味なのかというと、空軍最高司令官機という意味です。艦隊に旗艦があるように空軍の最高司令官の搭乗している飛行機というわけで、合衆国大統領が軍の最高司令官を兼ねているという憲法上の理由に由来しています。つまり、「エアフォース・ワン」というのは、空軍籍の飛行機なら何でも良いのであって、その飛行機に現職の大統領が搭乗してフライト中であれば、自動的に「エアフォース・ワン」というコールサインになるのです。ただ、空軍所属のジャンボ機ではなく、大統領の搭乗機が海軍所属であれば「ネイビー・ワン」、専用ヘリの場合は海兵隊所属なので「マリーン・ワン」になります。

 調べてみると、日本の政府専用機も訓練中やフェリー(回送)中は政府専用機を表す「ジャパニーズ・エアフォース・ワン」とは呼ばずに「シグナス・ワン」というコールサインを使用するそうです。ちなみに、現行の「日本国」と大きく表示した747−400型はバックアップも含めて2機あり、通常は緊急用に2機を同時に運行させることになっているそうで、「ワン」だけでなく「ツー」もあるわけです。つまり「政府専用機」というのは「任務での飛行中」の「状態」であって、「日の丸のジャンボ」とか航空ファンの間では「シグナス・ジャンボ」とか言われている機材のことではないわけです。

 さて、この「シグナス・ジャンボ」の運命には暗雲が漂っているようです。というのはジャンボの愛称で親しまれてきたボーイング747型機というのは、民間の定期便には電子制御の「ダッシュ400型」であっても「現代の水準」では燃費が悪いために、JALではついに就役がゼロになってしまいました。ANAの方も時間の問題になっています。そんな中、この「シグナス・ジャンボ」は整備をJALに委託しているのですが、経営再建中のJALにしてみれば就役を止めたジャンボの整備を政府の機材のためだけに続けるのであれば、相当なコストを請求せざるを得ないということで、維持管理が事実上不可能になりそうなのです。

 そこで、「政府専用機用」の「次期機材」をどうするかがここ数カ月話題になる中での、今回の救援隊派遣というニュースになったわけです。こうした海外での緊急事態の場合、救援隊派遣や逆に人道上の問題で人間を救出するという場合に、危険を冒しつつ大量の人員を臨機応変に輸送する「専用機」は確かに必要でしょう。ですが、「専用機」に「専用の機材」が必要かというと、それは別の問題です。「エアフォース・ワン」や日本の「専用機」というのはあくまでコールサインであって、本当に必要なときに必要な輸送体制が組めればそれで良いのだと思います。

 つまり「専用機」のあるべき姿とは、必要なときに迅速に正確な運用ができるという「ソフト」の部分にあるのです。その意味で、今回の「家族」を搭乗させるさせないという失態は問題だと思います。人数調整に失敗したとか、官庁同士の連携不足や政治家同士の足の引っ張り合いが理由なのかもしれませんが、こんなことでは非常事態において人道救出を行う際の調整などできるのでしょうか? とにかく「次期専用機用には787が良いとか、いや国内開発した自衛隊の次期輸送機を改造すべきだ」というような機材の議論の前に、運用体制をしっかりすべきだと思います。非常に困難な状況の中で、国際緊急援助隊は頑張っているわけで、そこにある「人命をあきらめないために高い精度の仕事をする」という哲学を同じように政府専用機の運用にも活かして欲しいと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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