コラム

オバマは日本の歴代首相と同じパターンに入りつつあるのか?

2010年09月08日(水)10時21分

 NBCの政治評論家で選挙予測のプロとして有名なチャーリー・クックという人が「オバマはまるで再選を考えてないかのようだ」とコメントしたというのは、ワシントンで話題になっているようで、日本の「アメリカ・ウォッチャー」では吉崎達彦氏や渡辺将人氏などが取り上げています。私はこの話を聞いて、まあクック氏一流のレトリックで、民主党の不調を嘆いていただけだろう、そんな風に思っていたのですが、そう受け流すわけにもいかないのかもしれません。

 例えば、9月6日の「レーバーデー(労働者の祝日)」にあたって、オバマ大統領がミルウォーキーで行った演説をNBCの映像で見る限り、オバマ大統領には「異変」とまでは行かないにしても「生気のなさ」は確かに感じられました。この演説の主旨は、500億ドル(4兆3千億円)という巨額の「雇用刺激策」の発表でした。改めて国土インフラ建設などの追加プロジェクトを行って、景気と雇用を刺激しようというもので、以前から中間選挙へ向けて民主党内では要求が激しかったものです。

 オバマはいつもの調子で「20世紀のアメリカを作り上げたのは労働者の力」だとして、自身の祖父の物語などを織り込みながら、過去2年間の経済運営の成功をアピールしつつ「改革を後戻りさせないために、新たな刺激策を」と訴えていました。聴衆は、AFL−CIOつまり労組のメンバーとその家族が多かったようで、なかなかの盛り上がりを見せていました。その盛り上がりは、選挙戦以来「お決まり」となった "Yes, we can!" のコールに発展していったのです。

 ですが、オバマは「バツの悪そう」な表情を浮かべてコールを制止してしまいました。そして「"No, we can't." よりはましですがね」とボソボソっと言ったのです。その表情がアップになったのですが、顔には生気がなく、目尻に深く刻まれたシワ、白いものが目立つ頭髪と合わせて、選挙戦当時とは違うイメージを感じたのも事実です。では、どうしてオバマは自分のトレードマークとも言える "Yes, we can!" のコールを制止してしまったのでしょう? 少しパターンを分けて推測をしてみることにします。

(1)ここのところ、共和党やその中の「ティーパーティー」など反オバマ陣営はオバマへの「当てこすり」のスローガンとして、"No, we can't!" とか "No, you can't!"というコールを散々やっています。前者は「オバマの政策では我々は幸福になれない」という意味であり、後者は「お前たち、オバマと民主党には改革はできない」という意味なのは勿論ですが、2008年の選挙戦当時にオバマ陣営が使ったボードやポスターのデザインをパロディにして、この「できません」コールを展開しているのです。オバマはそれに嫌気がさしていて、自陣営の「できる」コールも止めてしまったのかもしれません。

(2)この500億ドルの巨額の「追加雇用対策」ですが、オバマ自身が本心からやりたがっているのでは「ない」という可能性もあります。何しろ、この2年近くの間に、景気刺激策などの直接的な財政出動で持ち上げた雇用は結局上昇トレンドを思うように維持できなかったわけで、そんな中、巨額な追加は「選挙対策」以上でも以下でもないとも言えます。ですから、オバマとして本心は乗り気ではない可能性はあると思います。政治的にも、共和党の「財政悪化には反対」という攻撃材料を提供することになるからです。ですが、正にその選挙対策として、この時点では「提案しないわけにはいかない」のも事実でしょう。その辺のジレンマが歯切れの悪さにつながった可能性はあります。

(3)仮にオバマがこの500億ドルに前向きでも、議会を通らない可能性もあるのです。その場合は、例えば投票日の直近の時点で否決とか、廃案という醜態は避けなくてはなりません。そうした議会対策の難しさから弱気になったということもあるかもしれません。

 そうは言っても、他でもないオバマ本人が湧き上がった "Yes, we can!" コールを制止してしまったというのは、やはり「何か」が起きている証拠だとも言えます。大統領職に疲れて嫌気がさしているというほどの状態ではないと思いますが、もしかしたら「議会の左右からの反対にはもう飽き飽きした」ので「再選はムリでも中道政策と心中する」というような妙な達観にオバマが接近している、そんな可能性は無きにしもあらずという感じがします。雇用が回復しないのは自分の責任だという反省があって、ふっと「自省」してしまったというのはちょっと違うように思います。オバマという人は、周囲の評価などから想像するに、どちらかと言えば「いい人キャラ」よりも、相当に「オレ様キャラ」のようだからです。

 いずれにしても、日本の歴代首相のように、実現可能な政策は非常に狭まっているが、世論が期待して支持する政策はそれとは全く別のところにある、そんな21世紀の民主政体の危機は、政治のプロ中のプロであるバラク・オバマという政治家をも蝕んでいるのかもしれません。

(筆者からのお知らせ)来る9月25日(土)午後2時より、米国ニュージャージー州プリンストン町の公立図書館にて、プリンストン日本語学校創立30周年記念行事として、冷泉彰彦の講演「オバマのアメリカと日本」が行われます。詳しい内容と参加申し込み方法は、学校のホームページ(http://www.pcjls.org/)の「更新情報」より、「プリンストン日本語学校創立30周年記念行事のお知らせ」をクリックしてご確認ください。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ高、政治的意図でドルが弱いため=オーストリア

ビジネス

英シェル、カザフ新規投資を一時停止へ 政府との係争

ビジネス

ECB、インフレ下振れリスク懸念 ユーロ高を警戒

ワールド

仏外務省、ラング元文化相を8日に呼び出し エプスタ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近したイラン製ドローンを撃墜
  • 2
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新世論調査が示すトランプ政権への評価とは
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入っ…
  • 5
    「右足全体が食われた」...突如ビーチに現れたサメが…
  • 6
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 7
    「反トランプの顔ぶれ」にMAGAが怒り心頭...グリーン…
  • 8
    地球の近くで「第2の地球」が発見されたかも! その…
  • 9
    ユキヒョウと自撮りの女性、顔をかまれ激しく襲われ…
  • 10
    「エプスタインは悪そのもの」「悪夢を見たほど」──…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から脱却する道筋
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 5
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 6
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 7
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 8
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 9
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 5
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story