コラム

オバマ政権の足腰はふらつき気味

2010年07月02日(金)10時07分

 ここへ来て、アメリカでは「妙なニュース」が立て続けに起きています。例えば今週のニュース番組を騒がせた、11名の「ロシアスパイ組織」摘発劇ですが、ニューヨークなどでパーティーの女王だったというアンナ・チャップマンと称する女性を含むグループが、堂々とアメリカ国内で「人脈」を広げる中で、核兵器関連などの機密情報を巧妙に仕入れてはロシアに流していたのだそうです。

 冷戦は終わったとはいえ、米ロがさまざまな地域で利害を微妙に対立させたり、お互いに多くの戦略核を維持している以上、こうした形で水面下の諜報合戦がまだまだ続いているのは事実だと思います。例えば、アメリカではCIA(中央情報局)という巨大な「人的諜報収集機関」があり、同時にNSA(国家保安局)という組織は電波傍受などによる電子盗聴を通じた情報収集を行っているというのはもはや秘密でも何でもありません。アメリカがロシアに対して情報収集を仕掛けているのが当然だとしたら、ロシアの側も同じようにアメリカに対して何らかの仕掛けを維持しているというのも、必然だからです。

 ですが、実際に摘発してそれを公表するというのはまた別の次元の話だと思います。特に、米ロの場合は、オバマ=メドベージェフの首脳会談が断続的に、しかも良いムードで続いており、核弾頭の削減やイラン政策などでも成果が出ているのです。最新の首脳会談は、6月24日であり、これも成功ムードで共同記者会見が行われています。摘発劇は、その3日後というのですからこれは不自然です。では、スパイ組織は突然証拠が固まったので、このタイミングでの逮捕となったのでしょうか? それともメドベージェフ大統領に何らかのネガティブなメッセージないし圧力を加えるために、このタイミングが選ばれたのでしょうか?

 どちらも違うと思います。オバマ大統領が摘発と発表に踏み切ったのは、国内の政治的な効果を計算してのことだと思います。ロシアとの関係修復については、右派からの批判が強いのです。例えば、ブッシュ=チェイニー路線はロシアに対して宥和的でしたが、これは原油の高止まりを容認する政権の性格として、エネルギー戦略におけるロシアとの緊密な連携が優先されたからだと思います。ですが、その後、ロシアとグルジア(ジョージア)の紛争が激化する中で、例えばマケインとかペイリンなどの保守政治家たちは反ロシア的な言動を強めていっているのです。

 そんな中で、オバマ政権としては特にイランへの圧力強化という点で、ロシアの支援を仰いだのだと思います。前回の首脳会談では、チェチェンの武装勢力を「テロリスト」だという認定まで行っているようですから、かなり踏み込んだと言って良いでしょう。ですが、これはオバマ政権としては危険なのです。いくらイランを抑え込むためだとしても、ロシアに対して必要以上の妥協を行っているということになれば、右派の攻撃は強まるでしょう。

 そこで、「自分は毅然として国益を守っている」という姿勢を対ロシア外交においても見せておく、そして右派の批判を許さない、今回の「スパイ団摘発」については、そんな政治的効果を計算したのではないでしょうか。チャップマンという若い女性「スパイ」が入っていたというのも、そうした話題性があるからこそ摘発し発表すれば政治的効果があるということだと思います。

 今週は他にも「妙なニュース」がたくさんありましたが、アル・ゴア元副大統領に突然性的スキャンダルが出てきたのも、オバマ政権としては原油流出問題と深海油田掘削停止が「できない」ジレンマで揺れる中、「環境イデオロギーのメッセージ発信だけを期待されている」民主党の重鎮の存在はこの時期には煙たかったのだ、そんな状況証拠的な憶測も可能だと思います。アフガン派遣軍のマクリスタル指揮官の更迭劇に至っては、路線闘争というような高次元のものではなく、大統領として「造反的なコメント」を垂れ流した前線指揮官は、「斬る」ことで自身の権威を維持しようということだった、そう考えるのが自然でしょう。

 では、どうして政敵にポイントを稼がせないように「あの手この手」で防戦をしなくてはならないのでしょうか? あれほどの人気を誇ったオバマが、一時の支持率低迷を受けて、どうしてここまで足腰の弱さを見せているのでしょうか? それはほぼ100%景気と雇用の低迷ということに尽きます。ユーロ懸念、BP問題に加えて、今週は中国の成長鈍化という不安センチメントで株価が揺れる一方で、アメリカの雇用統計は相変わらず低迷したままです。このままでは、中間選挙を前にした夏場の選挙戦でオバマの民主党は相当に厳しいことになるかもしれない、そうした危機感が、一連の「妙なニュース」の背景にはあるのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、インドのモディ首相と会談 貿易巡

ワールド

米ロ首脳会談の実現に暗雲、ロの強硬姿勢が交渉の足か

ワールド

カナダ首相、鉄鋼・アルミ貿易巡る対米協議の行方に慎

ビジネス

アングル:難しさ増すFRBの政策判断、政府閉鎖によ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない「パイオニア精神」
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 6
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 7
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 8
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 9
    増える熟年離婚、「浮気や金銭トラブルが原因」では…
  • 10
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story