コラム

公聴会を乗り切ったトヨタの次の課題は?

2010年02月26日(金)11時40分

 公聴会の翌日、アメリカのメディアはほとんど沈黙してしまいました。一連の「トヨタ・バッシング」の急先鋒だった『ウォール・ストリート・ジャーナル』では、前日とは一転して市況面の記事だけ、TVでの追求に熱心だったNBCも、朝の『トゥディ』ではバンクーバー五輪一色で、その他のニュースでも「水族館でのシャチ襲撃事件」や「東海岸の大雪警報(この冬3回目で個人的には大変そうです)」などがトップでした。ニュースにならなかったというのは、とりあえず豊田章男社長としては、下院公聴会出席を乗り切ったと言えます。今後新たな問題が出ない限り、事態は沈静化していく、そんな可能性も出てきました。

 では、これでトヨタは業績が徐々に回復して行き、万事うまく行くのでしょうか? そう簡単には行かないと思います。今回の豊田社長の米下院公聴会出席という「事件」は、否が応でもトヨタが北米市場における自動車産業のリーダーであることを、アメリカの自動車業界と政官界の全体に見せつけました。ある意味で、雇用を中心としたアメリカ経済に深く食い込んでいるトヨタを、米議会としてこれ以上傷つけるのは得策でない、私は3時間強の公聴会を全部見たのですが、豊田社長が最初の緊迫したシー
ンを乗り切った後、途中からは明らかにそうしたムードが見て取れました。

 その意味するところは、決して楽な道ではないと思います。それは、今回のような連続リコールや、トヨタへの「バッシング」が沈静化したとして、その後には、トヨタは「もっと現地生産を」、「もっと現地部品調達を」という圧力に晒されるということです。公聴会での質疑では、大きな破綻はありませんでしたが、議員の中には(ダン・バートン議員、インディアナ州選出、共和など)「同じ設計の部品を、米CTSと、日本のデンソーと2カ所に発注するのは何故か? アメリカ製の部品を全世界で使ったらどうか?」といった調子で執拗に迫っていました。表面的には、今回のリコール問題に関する追及のように見えますが、その背後には更に米部品会社への発注を拡大せよという意図が秘められていた、そう警戒すべきだと思います。

 もう1つ気になるのは、今回の一連のバッシングで「レクサス車を作っているのはトヨタである」という認知が一気に拡大したことです。勿論、これまでレクサスに乗っていた層、あるいは自動車やビジネスに詳しい人の間では、知られていた事実です。ですが、それ以外の人々の間では、「レクサスは良くできたアメリカ車」であるとか「もしかしてヨーロッパ?」と思われていたのです。ですが、一連のバッシングと、今回の公聴会乗り切りといった流れの中で、かなり幅広い層に「レクサス=トヨタ」という認識が広まったと思います。

 折も折、アメリカは高失業率に苦しんでいます。今週も、木曜に発表された失業保険の新規申請数が49万6000件と予想を大幅に上回って、回復の遅れに市場は落胆しました。市場以上に世論の苛立ちは激しく、このままですと中間選挙の大きな争点になるでしょう。そうなると、場合によっては、米国の政界が「レクサスの北米現地生産」を強く要求してくる可能性もあるように思います。仮にそうした事態になれば、トヨタは生き残るかもしれませんが、日本の国内雇用は大きく傷つくことになります。勿論、今日明日の話ではありませんが、十分に警戒しなくてはならない問題と言えるでしょう。

 一方で、今回の公聴会でトヨタが米国の運輸当局への協力、米自動車工業会との協力を約束し、公聴会の翌日に豊田社長とラフード運輸長官が会談したというのは良いことだと思います。というのは、今後、ハイブリッド(HV)や、電気自動車(EV)を普及させてゆく上で、考えられなかったような安全上の問題が出てくることが予想されるからです。今回のプリウスの問題では、滑りやすい路面でABSの動作が0・4秒遅れるだけで大騒ぎになりましたが、電池の発火、電池が一杯になった時に回生(発電式)ブレーキが突然無効になる問題、航続距離や極低温性能の問題、無音であることの危険性、複雑化した電子部品や電池の化学物質のリサイクル問題など、いくらでも問題は出てくるでしょう。

 その際に、アメリカの当局が「トヨタつぶし」「ハイブリッドつぶし」をやろうと思えばいくらでも可能なのです。今回の公聴会でも「自分はハイブリッドが欲しかったのに、売っているのは日本製だけなのでイヤイヤ乗っている」などと言っていた議員もいました。オバマ大統領自身、就任したころから「エコカーでアメリカがリーダーシップを取る」ということを何度も言っていましたから、そうした危険は十分にあると思います。ですが、今回の一連の騒動で、とにかく「安全の問題に関してはアメリカの政府、アメリカの業界と協調してやっていく」ということをお互いに確認できた流れに乗って、エコカーの安全基準作りに積極的に加わって行くことができれば、「足元をすくわれる」危険は減るでしょう。いずれにしても、今回の公聴会は、トヨタにとって真の国際企業に脱皮できるかの大きな岐路になると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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