コラム

華々しい杭州G20のウラで中国人の暮らしが破壊されている

2016年08月26日(金)18時10分

<来月のG20サミット開催を前に、会場となる中国の杭州では、常識をはるかに越える厳重な警備が実施され、市民は通常の生活ができない状況に陥っている>

 今年のG20サミットが9月4日から5日にかけて、中国浙江省杭州市で開かれる。中国がG20を開催するのも、習近平が中国最高指導者に就任した後このような会議を主催するのも初めてだ。中国政府はかつてなくこの会議を重視し、浙江省は7月から道路、鉄道、航空など公共交通機関の安全検査を強化してきた。

 しかし中国では、G20の安全確保のための措置が住民にひどく迷惑をかけている事実がまったくニュースとして伝えられていない。杭州市民はネット上で自身の体験を語っているが、その内容はあきれるものだ。8月以降、杭州の多くの企業は休業に追い込まれ、大量の店舗とレストランが閉店を命じられた。反政府派の人々は強制的に地方観光に行かされ、杭州向けの宅急便業務も停まった。観光名所である西湖地区のある派出所は住民に対し、9月4日午後から火を使った調理を禁止するので夕食は派出所からまとめて配達する、と通知した。

【参考記事】「ドーピング」に首まで浸かった中国という国家

 杭州市民は外出もままならなくなった。ネットユーザーの写真によれば、杭州のバスには1台ごとに2人の警官が配置され、地下鉄では多い場合1両に10人あまりの警官が立っている。大量の装甲車と軍用車両が杭州中心部の市街地に配置され、市内全域のいたるところに検査所が設置されている。検査所を通るたびに所持している飲料品を一口飲まなければならないため、次のような笑い話が広まっている。ある市民は夜、次の朝に飲む牛乳を買ったが、家に帰る途中いくつも検査所を通ったので家に着く前に飲みほしてしまった。また、こんな笑い話もある。ある運転手が車のトランクに酒を1箱入れていたが、検査所で検査員にすべて開けて一口飲むように求められた。車を数メートル走らせたところで、今度は飲酒運転で警察に止められた......。

 杭州市は8月20日から西湖を含む一部地区を封鎖。9月1日からG20の終了時まで、地区内で働くか、生活する身分証を所持した人しか出入りできなくなった。政府は住民にG20の期間中、居住地を離れることを奨励。杭州市民は9月1日から7日の間、特別休暇を楽しめることになり、周辺の観光地は杭州市民だけを対象にした無料あるいは格安イベントを実施することになった。封鎖地区の中はがらんとして、通行する人もいない。ただ、このような人気のない寂しい光景を指導者は気に入らなかったらしく、G20の2日間は政府機関の職員に家族連れで西湖近辺を仲良く散歩させよ、と要求した。

 G20の国家はいずれも中国との間でさまざまな矛盾を抱えているが、最近は日中、中韓関係が特に緊張している。習近平は会議の円満な成功のため、しばらくは強硬な態度を引っ込めて、耳触りのいい「空論」を口にするだろう。しかし、私は杭州にやって来る首脳たちにはっきりと見てほしいと思う。この国の指導者がどのように自分の国民に対峙しているのかを。各国のゲストたちが盛大で厳かな歓迎を受ける背後で国民の基本的人権が侵され、G20の安全確保のために住民が生活上の大きな不便を強いられていることを。各国のゲストたちは杭州市民の境遇を知ったら、どう思うのだろうか?

プロフィール

辣椒(ラージャオ、王立銘)

風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米雇用統計、4月予想上回る17.7万人増 失業率4

ワールド

ドイツ情報機関、極右政党AfDを「過激派」に指定

ビジネス

ユーロ圏CPI、4月はサービス上昇でコア加速 6月

ワールド

ガザ支援の民間船舶に無人機攻撃、NGOはイスラエル
今、あなたにオススメ
>
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 7
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 8
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 9
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story