コラム

中絶禁止を他人事だと思っているあなたへ(パックン)

2022年05月25日(水)17時00分

女性だけの問題ではないはず(流出した最高裁草案に抗議する学生たち、5月5日、ニューヨーク) MIKE SEGAR-REUTERS

<アメリカでは今後、多くの州で中絶が禁止される可能性が高い。でもそもそも女性だけが妊娠・出産の負担を負うのは不公平では? 解決策を考えました>

アメリカ全土で中絶の権利を認めた1973年の最高裁判決を覆し、人工中絶を禁止できるようにする新しい判決の草案がリークされた。判決自体は早ければ6月に発表される予定だが、そのあとは半分以上の州で中絶が禁止されるか大幅に規制される見込みだ。それに向けて今アメリカで議論が急加熱している。

そもそも1973年の判決の理屈は、女性のプライバシー権は憲法によって保障されているため、中絶は禁止できないというものだった。だが今回の判決は憲法にプライバシー権は明記されていないとして、中絶に関するプライバシーを守る必要はないという結論にたどり着いている。ちなみに「女性」という単語も憲法に載っていないので、女性をも守る必要もないと担当判事は考えているような気もする。

しかし、憲法修正第14条には「個人に対する法の平等保護を否定してはならない」としっかり綴られている。つまり、法律で個人をみんな平等に扱わないといけないということだ。そして「個人」は原文ではperson(人)となっているから、「女性は人じゃない」と言わない限り、女性にだけ妊娠した際の出産の義務を押し付ける中絶禁止法は「不平等」で違憲だ! そう訴える禁止法反対の声も多い。

一方、中絶反対派は、女性に負担はかかると認めながら、生まれてくる赤ちゃんも人だから平等な権利を持つ、と主張する。しかも、赤ちゃんだけではなく、お腹の中の胎児も、その前の胎芽も、その前の胚盤胞も、その前の受精卵も、ぜんぶ人だという。受精卵の大きさは100ミクロンだがその権利は大人と等身大だってこと。

レイプされても中絶できない

意見が異なる僕だが、その考え方もわかる。それでも、受精卵の権利を守るために、女性にだけ 妊娠・出産の負担を押し付けることはどう考えても不平等に感じる。

妊娠の仕組み自体は元来、偏ったものだ。仕事や私生活、人間関係、健康など、さまざまな局面で変化が起きるが、その影響を受けるのは主に妊婦である女性側になる。間違いなく不平等なシステムだ。

だが通常は、とてもありがたいことに、妊娠することを自ら選択し、本人の意思と覚悟の上で負担を負ってくださるわけ。中絶禁止になったら(たとえ避妊具が壊れたとしても、レイプされたとしても)本人の意思とは関係なく、卵子が受精した瞬間に、自動的に妊娠・出産の義務が生じる。女性にだけ。それは法の上での不平等だと、僕は考える。

そこで、提案したい! 妊娠・出産の責任は男女の両方にある(あと、中絶禁止のルールを作った議員にも責任はあるね)。だから、責任がある人全員に頑張ってもらおう! ということで、この先、中絶を禁じる法案に、妊娠した女性だけではなく、妊娠させた男性にも同じだけの負担がかかる仕組みを盛り込んではいかがでしょうか。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豪サントス、アブダビ国営石油主導連合が買収提案 1

ワールド

韓国、第2次補正予算案を19日に閣議上程へ 景気支

ワールド

米の日鉄投資計画承認、日米の経済関係強化につながる

ワールド

米空母、南シナ海から西進 中東情勢緊迫化
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story