コラム

社会は新型コロナ対策の負担をどう分かち合うのか

2020年04月20日(月)12時30分

REUTERS/Naoki Ogura

<新型コロナ対応の経済政策に関しては、その負担を社会全体でどう分かち合うのかという問題こそが本質である。その課題への取組みを「将来負担」なる虚構によって歪めてはならない......>

新型コロナ対応のための政府の経済対策が、二転三転している。当初は「条件なしの一律現金給付」という案がメディアで報じられていたが、蓋を開けてみると「条件付きで一世帯当たり30万円の現金給付」案となった。それが世論の厳しい批判を受けると、今度は一転して「国民1人当たり10万円」という案が突然浮上した。政官における有力者たちの間で、しのぎを削る土壇場でのやりとりが続いているということなのであろう。

筆者は2020年4月9日付本コラム「新型コロナ対応に必要とされる準戦時的な経済戦略」の中で、最低限の経済活動を維持しつつも感染拡大阻止を最優先しなければならない現局面においては、十分な休業補償や定額給付を通じて人々の最低限の生活を補償しつつ、人々にむやみに働きに出させないようにするのが最重要であることを論じた。報じられている政府の経済対策は、一応はそのような方向性を持っている。しかしながら、現金給付に条件を付けるのか否かで無為に時間を費やすような政治および政策状況は、関係者の多くが一つのありがちな思い込みに囚われていることをも示唆している。

その思い込みとは、「政府が増税以外の手段で休業補償や定額給付を行うとすれば、それは政府の財政赤字=政府債務の拡大を意味し、結局のところは将来世代にとっての負担の拡大を意味する」という把握である。無条件の現金給付には、単に政治や政策の世界だけでなく、一般社会においても大きな抵抗が見出せるが、おそらくそこにもまた「政府財政赤字は将来における自らの負担増加に直結する」といった同様の把握が存在する。その把握はしかし、思い込みを現実と見誤った認識的齟齬にすぎない。

結論から言えば、政府が休業補償や定額給付を行って財政赤字を拡大させたとしても、それが将来世代にとっての直接的な負担になることはあり得ない。というのは、そこで生み出された財政赤字が一国全体の資本ストックに与える影響は、明らかに無視できる程度にすぎないからである。ポール・サミュエルソンがかつて戦費の負担問題に関して論じたのと同様に、新型コロナ対応のための経済的コストのほとんどは、財貨サービス生産の縮小による所得の減少という形で、まさしく今を生きるわれわれが全体として負担するしかない性質のものである。新型コロナ対応の経済政策に関しては、その負担を社会全体でどう分かち合うのかという問題こそが本質である。その課題への取組みを「将来負担」なる虚構によって歪めてはならないのである。

所得と防疫のトレード・オフ

2020年4月9日付本コラムでは、感染拡大抑止と人々の自由な経済活動との間にはトレード・オフが存在すること、そして政府はそのトレード・オフを前提として、感染拡大抑止のためにどこまで経済活動を縮小させるべきかを政策的に決める必要があることを指摘した。

以下はそのトレード・オフ示した図である(この図は田中秀臣上武大学教授のアイデアに基づく)。この図の縦軸は「所得(財貨サービス)」を、横軸は「防疫資源量」を示している。一般に、経済活動水準を代表するのは、その時々の所得あるいは財貨サービスの生産量である。また、感染拡大抑止のためには、休業や休職の促進を通じた集団状況の回避や社会的距離(social distance)の確保など、そのための資源を確保する必要がある。それがこの防疫資源である。そして、両者の間には明らかに、一方を確保するためには他方を放棄しなければならないというトレード・オフが存在する。

TradeOffaa.jpg

この曲線上には、「平時点」「非常事態宣言点」「ロックダウン点」という三つの点が示されている。平時すなわち平時点の近傍においては、所得と防疫資源のトレード・オフは大きくは生じていないから、大きな所得の減少を伴うことなく一定の防疫資源を確保できる。ただし、経済活動と健康環境確保(たとえば汚染の少ない空気)との間のトレード・オフは、平時においてもある程度までは存在する。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ローマ教皇、気管支炎治療のため入院

ワールド

中国新規銀行融資、1月は過去最高の5兆1300億元

ワールド

バンス米副大統領、欧州諸国に国防費増額求める

ワールド

ロシア、チェルノブイリ原発への攻撃否定
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザ所有
特集:ガザ所有
2025年2月18日号(2/12発売)

和平実現のためトランプがぶち上げた驚愕の「リゾート化」計画が現実に?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だった...スーパーエイジャーに学ぶ「長寿体質」
  • 2
    【徹底解説】米国際開発庁(USAID)とは? 設立背景から削減議論まで、7つの疑問に回答
  • 3
    吉原は11年に1度、全焼していた...放火した遊女に科された「定番の刑罰」とは?
  • 4
    【クイズ】今日は満月...2月の満月が「スノームーン…
  • 5
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 6
    イスラム×パンク──社会派コメディ『絶叫パンクス レ…
  • 7
    夢を見るのが遅いと危険?...加齢と「レム睡眠」の関…
  • 8
    終結へ動き始めたウクライナ戦争、トランプの「仲介…
  • 9
    鳥類進化の長年の論争に決着? 現生鳥類の最古の頭骨…
  • 10
    駆逐艦から高出力レーザー兵器「ヘリオス」発射...ド…
  • 1
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 2
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だった...スーパーエイジャーに学ぶ「長寿体質」
  • 3
    Netflixが真面目に宣伝さえすれば...世界一の名作ドラマは是枝監督『阿修羅のごとく』で間違いない
  • 4
    研究者も驚いた「親のえこひいき」最新研究 兄弟姉…
  • 5
    メーガン妃の最新インスタグラム動画がアメリカで大…
  • 6
    戦場に響き渡る叫び声...「尋問映像」で話題の北朝鮮…
  • 7
    2025年2月12日は獅子座の満月「スノームーン」...観…
  • 8
    iPhoneで初めてポルノアプリが利用可能に...アップル…
  • 9
    【徹底解説】米国際開発庁(USAID)とは? 設立背景…
  • 10
    「だから嫌われる...」メーガンの新番組、公開前から…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 9
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story