コラム

なぜ「構造改革論」が消えたのか

2018年06月02日(土)10時00分

日本の長期経済停滞をめぐるマクロ派と構造派の対立

構造改革主義が1990年代末から2000年代初頭という時期の日本で大きく盛り上がったことには、明確な理由があった。それは、「公共事業性悪論」といった形での、ケインズ主義的赤字財政政策に対する疑念の拡大である。

1990年代初頭にバブルが崩壊して以来、日本の歴代政権は、景気浮揚のために「緊急経済対策」や「総合経済対策」といった財政政策を繰り返してきた。とりわけ典型的であったのは、1997年の経済危機を受けて1998年7月に成立した小渕恵三政権である。小渕政権は、政府財政赤字の拡大を厭わず、景気浮揚のための巨額の公共投資を実行した。それは、ケインズ主義的な赤字財政政策そのものであった。

このように、1990年代全般を通じて巨額の公共投資が毎年のように行われたにもかかわらず、日本経済は結局、十分な回復にいたることはなかった。それどころか、当時の日銀が金融緩和にきわめて消極的だったためもあり、日本経済はデフレという重い病を抱えることになった。その結果、膨れ上がった政府財政支出と景気低迷による税収減の相乗効果によって、日本の財政赤字は拡大し続けた。公共事業性悪論が1990年代末頃から盛り上がったのはそのためである。

基本的には、ほぼ10年にもわたる拡張財政にもかかわらず日本経済の十分な回復が実現できなかったのは、バブル崩壊による資産デフレの影響が深刻だったためである。2008年のリーマン・ショック後に欧米の主要中央銀行が行った量的緩和政策が示すように、その問題の克服のためには、単に財政政策だけではなく、拡張的な金融政策が必要であった。しかし、1990年代の日銀は、バブルの再発を怖れるあまり、消極的な金融政策に終始し、資産デフレの克服どころか、物価や賃金が恒常的に低下し続けるような長期デフレを生み出してしまったのである。

ところが、当時の専門家の多くは、そのように考えはしなかった。彼らはそう考えるかわりに、「財政政策が赤字を拡大させる以外の効果を持たなかったのは、問題が需要側にではなく供給側にあったからだ」と考えたのである。そこから生み出された政策イデオロギーが、「日本経済の再生のためには、旧来的景気対策としてのマクロ経済政策すなわち財政政策や金融政策ではなく、構造改革に専念すべき」とする構造改革主義であった。

こうしたことから、1990年代末から2000年代初頭にかけては、日本のエコノミストや経済学者の中のマクロ派と構造派の間で、日本経済の長期停滞の原因と処方箋をめぐる論争が盛んに行われた。両派の間で当時展開されていた論争を収録したモノグラフには、筆者が関与したものだけでも、『失われた10年の真因は何か』(岩田規久男・宮川努編、東洋経済新報社、2003年)、『論争 日本の経済危機―長期停滞の真因を解明する』(浜田宏一・堀内昭義・内閣府経済社会総合研究所編、日本経済新聞社、2004年)がある。

最終的に葬り去られた構造派の供給阻害仮説

日本の長期経済停滞の原因は需要不足にではなく構造問題にあるとする構造派の立場は、確かに一つの仮説としては成り立っていた。1970年代までのイギリス経済は「欧州の病人」と形容されるほどの低迷ぶりを示しており、その様相はしばしば「イギリス病」と揶揄されるほどであったが、その原因は明らかに、経済への過度な政府介入や強すぎる労働組合などの「構造問題」にあった。そうしたことから、1979年にイギリス首相に就任したマーガレット・サッチャーは、1980年代前半に、国有企業の民営化、政府規制の緩和、労働組合関連法の改正等を含む一連の制度改革を行った。それはこんにち、新自由主義的改革あるいは反対論者の言う「市場原理主義的構造改革」の典型的実例とされている。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)等、著書多数。

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