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日本のYKKがファスナーで世界1位になれた理由

Hot competition for the humble zipper

2019年04月27日(土)15時45分
フランソワ・レベック(パリ国立高等鉱業学校教授〔経済学〕)
日本のYKKがファスナーで世界1位になれた理由

Bphotographer-iStock.

<ジッパー(ファスナー)業界にはかつてタロンという支配的な企業があった。なぜ日本の1企業がタロンの本拠である米市場をも制することができたのか。中国からSBSというライバルが台頭しつつある中、ジッパー業界はどうなるのか>

スライダーを引っ張り、2列の小さな歯をかみ合わせると、バッグやジャケット、パンツがしっかり閉じる。これがジッパーだ(編注:ファスナー、チャックとも。日本ではファスナーが最も一般的)。この便利な日用品は、1世紀以上前にアメリカで発明され、今や全世界に広まっている。世界のあちこちで生産され、あらゆるものに縫い付け、あるいはのり付けされ、あらゆる場所で使用されている。

どこにでもある控えめな存在に見えるかもしれないが、ジッパーの現状は、喩えるならば、日本のパスポートに中国のビザがいくつもスタンプされているような状況だ。この奇妙な喩えの意味について、ジッパーの歴史や国際貿易理論、そして、現在進行中の市場シェアを巡る競争を紹介しながら説明していきたい。

クローゼットを支配する日本製品

クローゼットから服を5着取り出し、ジッパーのタブを調べてみてほしい。おそらく、少なくとも1つにはYKKと刻印されているはずだ。YKKは日本を本拠とする世界一のジッパーメーカーで、年間売上高100億ドル、世界市場シェア40%という目覚ましい業績を誇る。

では、どのようにして、日本の一企業が世界トップの地位まで上り詰めたのだろうか。日本の比較優位と関係しているのだろうか。イギリスの経済学者デビッド・リカードが1817年に提唱した通り、比較優位は貿易を促進する。

しかし、日出づる国はジッパーの製造に専門特化していたわけではない。もっと広く言えば、軽工業に特化していたわけでもなかった。なにより、YKKのジッパーが成功したのは輸出のおかげではない。一企業が国外に投資し、工場を建設したおかげだ。YKKは現在、73カ国に100前後の完全子会社を持つ。

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1917 Sundback zipper patent. Wikimedia, CC BY

ブルージーンズの発祥地、アメリカの発明

もしジッパーに関して比較優位を享受した国があるとしたら、それはアメリカだ。ジッパーはアメリカで発明され、いくつかの曲折を経て、アメリカで実用化された。アメリカのジッパーについて詳しく知りたい人は、メリーランド大学の科学技術史教授ロバート・D・フリーデルの著書を読むといい。徹底的な調査に基づく著書だが、読んで楽しい一冊だ。

フリーデルはジッパーについて、最初は誰からも必要と思われなかったが、苦労の末に普及した象徴的な発明だと捉えている。最初の特許が申請されたのは1893年。ゴム靴に初めて使用されたのは25年後だ。

実際のところ、ジッパーは実用化の道が必死に探られたイノベーションだった。仕立屋や衣料品メーカーはそれまでの長い間、フックやボタン、リボンに慣れ親しんでいた。安価で、取り替えやすく、色や用途も多彩なためだ。しかし、生活でスピードが重視されるようになり、ファッション業界が目新しいものを求め始めた結果、ジッパーはついに必需品となった。

ブルージーンズは、このプロセスの好例だ。リーバイスは1947年、ジッパーを採用したモデルを初めて売り出した。サンフランシスコに本拠を置く同社は、東海岸の女性たちの関心を引きたいと考え、存在感のあるボタンフライに問題があるのではないかと考えた。そして、ボタンフライに代わるものとして、ジッパー(英国ではジップと呼ばれる)が参戦してきた。結局、どちらが勝利したかについては、ローリング・ストーンズのアルバム「Sticky Fingers」のジャケットを見れば分かる。

タロンの転落

さて、アメリカと貿易の話に戻ろう。現在も存続するジッパーメーカー、タロンは1960年代の米市場で支配的な地位を享受していた。10個のタブを調べれば、そのうち7つにタロンの刻印があるような状況だった。ところが10年後、タロンは市場シェアの半分を失った。近年のシェアはわずか数%にとどまる。独占という栄光にあぐらをかき、その座を失ってしまった典型的な例だ。

生産性向上の努力を怠っていたため、他社製品に比べて価格が高すぎた。イノベーションもなく、ハンドバッグ、旅行かばん、アウトドア用品といった新たな用途を見いだすことができなかった。さらに、リスクを嫌い、ほとんど輸出しなかった。テキスタイル業界の生産拠点が次々と国外に移転していたにもかかわらずだ。

つまり、タロンはYKKと真逆の道を歩んだということだ。YKKは創業して間もなく、生産のスピードと品質を高めるため、機械の開発を開始した。また、国外に進出し、短期間でマレーシア、タイ、コスタリカに子会社を設立。1960年には米市場にも参入し、タロンより安く、少なくともタロンと同等のジッパーを売り込んだ。そして12年後、アメリカで生産部門を立ち上げた。

タロンにとって屈辱だったのは、初めて月面を歩いた2人の宇宙飛行士が、YKKのジッパーが付いた与圧服を着ていたことだ。1973年の映画『007/死ぬのは奴らだ』に登場した、磁石で女性の背中のジッパーを開けられるジェームズ・ボンドの時計が、MI6(英国情報部国外部門)研究課のガジェットマスター「Q」によってではなく、YKKの研究開発(R&D)部門によって発明されていたようなものだ。

国内市場、輸出、直接投資

ここで、国際貿易について学ぶべきことがいくつかある。

1つ目は、かつて国同士の概念と考えられていた比較優位が、企業間にも当てはまるということだ。なぜ国内市場のみを相手にする企業がいる一方で、製品を輸出し、さらに国外で子会社を設立する企業がいるのだろうか。

1970年代半ば、スウェーデンのストックホルムで開催されたあるシンポジウムで、レディング大学教授のジョン・ダニングが最初の洞察を示した。複数の経済理論を関連づけ、YKKのような多国籍企業による対外直接投資を分析するための折衷的なマトリクスを提案したのだ。

ダニングはいくつかの要素に注目したが、その一つが、さまざまな資産を保有することの優位性だ。ジッパー王者のYKKにとって、そうした資産の一つが工作機械のノウハウだった。YKKはライバルたちと異なり、素材や設備を開発することによって規模を拡大していった。創業当初から工作機械を設計し、自社所有の素材を使用していた。他社から購入していたのはプラスチックのペレットと合金だけであり、その合金も自社で発明したものだった。

YKKは、フランスのタイヤメーカー、ミシュランとよく似たやり方、つまり、製造工程の秘密を守り、絶えず改善していくというやり方を貫いている。その対極にあるのが、サプライヤーたちが同じ顧客たちを相手にする状況だ。後者のケースでは、複数の顧客企業が同じ中間消費や機械を共有するため、これらの要素で差別化を図る余地がなく、その結果、競争優位の余地もない。

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2つ目の洞察は、ハーバード大学教授のマーク・J・メリッツが提示したもので、同じ業界における生産性が異なる諸企業の「参入と退出」モデルである。企業は、生産性の違いに基づいて、次の3つに分類できる。国内市場と輸出の両方に携わる最も効率的な企業。国内市場のみを相手にする、それよりは非効率的な企業。そして、廃業に追い込まれる最も非効率的な企業だ。

ただし、輸送費や情報コスト、輸入関税など国際貿易における障壁に応じて、この分類は変化する。技術の進歩や関税障壁の開放などによって障壁が低くなれば、新しい企業が輸出を始め、その一方で、もともと非効率的だった企業のうち、窮地に陥るところは増える。国内市場における彼らの売り上げが、より効率的な企業によって奪われるためだ。

メリッツは、貿易自由化によって得られる利益についても明示している。同一業界内における最も非効率的な企業から、最も効率的な企業への生産の再配分だ。つまり、潜在市場を拡大するグローバル化には、業界の平均的な生産性を引き上げる効果があるということだ。例えば、タロンが失った市場シェアは、ジッパー1メートル当たりの生産に投じられる労働力と資本がより少ないYKKによって吸収されている。

同等の競争条件の下では、これは消費者の利益になる。製品の価格が下がるからだ。これはメリッツ・モデルの好例だ。国際貿易がどれくらい開放されているかにかかわらず、同様の競争体制が観察できる。均衡状態では、すべての企業が平均単価となり、戦略的に動く企業は現れない。完全競争の状況では、すべての企業が独立した存在として行動する。

しかし、国際貿易は通常、市場シェアが大きい有力企業の台頭や統合を促す。言い換えれば、企業が合体して勢力を増す寡占が生じるということだ。そうなれば、競争体制は変化し、競争の激しさも変わる。

グローバルな複占へ向かう

ジッパー業界はかつて、国内で独占状態を確立したトップ企業が、野心的な外国企業の挑戦を受けるという図式だった。その後、支配的な多国籍企業であるYKKが、中国勢を筆頭とする数百のライバルと共存するという図式に少しずつ変化していった。しかし近年、中国のジッパー業界で統合が進み、競争環境が再び変化している。中国のジッパーメーカーは今や十数社だ。いずれもYCC、YQQといった3文字の社名で、日本の手ごわいライバルをあからさまに模倣している。

その一つであるSBSは深圳証券取引所に上場しており、規模も野心も突出している。特許申請、生産高、輸出シェア(約25%)も中国トップだ。打倒YKKを堂々と公言している。

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つまり、グローバルなジッパー業界における「複占」(2社による寡占)が現実味を帯びてきたということだ。ただし、競争が緩やかになったわけではない。両社はさまざまな市場セグメントで激しいシェア争いを繰り広げている。

SBSは、高品質の金属ジッパーとプラスチックジッパーで、高級市場への移行を図っており、すでにアディダスやフランスの小売企業デカトロンに製品を供給している。わずか1000回の開閉で壊れるようなジッパーを認めない顧客だ。

それでも、SBSがYKKの比較優位を超えるにはしばらく掛かるだろう。世界中に子会社を持つYKKは、顧客と距離が近いだけでなく、R&Dセンター、機械工学部門、生産工場のおかげで強大な技術力を誇る。ただし、40%の市場シェアは売上高ベースであり、生産量に換算すると20%にすぎない。そこでYKKは、市場の中・上層という安全地帯から飛び出し、低価格帯におけるライバルの優位を脅かそうとしている。

競争の行方は誰にも分からない。最も可能性が高いのはやはり複占だろう。大量のジッパーを使用する大企業は、サプライヤーが1社しかない状況を好まない。

しかし、貿易戦争が宣言され、経済ナショナリズムが深刻化している今、どのような可能性も排除できない。高度な戦略という名目で、中国からアメリカに輸入されるジッパーを対象にして制裁関税を発動するというツイートを大統領が投稿するかもしれない。あるいはYKKが、中国内の治安や産業スパイ、SBSの特許を侵害したといった理由で、中国市場から追い出されるかもしれない。将来、ジッパーがインターネットに接続され、着用者の動きに関するデータを収集できるようになればなおさらだ。

もちろん、ジッパー戦争を回避する方法もある。それは古き良き時代のボタンに回帰することだ。

※ケンブリッジ大学出版局から、フランソワ・レベックの新しい著書『Competition's New Clothes: 20 Short Cases on Rivalry between Firms』が出版された。

(翻訳:ガリレオ)

The Conversation

François Lévêque, Professeur d'économie, Mines ParisTech

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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