コラム

増える難民を援助と引き換えにアフリカの第三国に「転送」──イギリスが支払うコストはいくらか

2024年05月09日(木)14時10分

国外でもUNHCRが「有害な結果を及ぼしかねない」と警告している他、アムネスティ・インターナショナルなど国際人権団体も批判を強めている。

当事国の政府が合意しているなら何も問題ないようにも思えるが、最大のポイントはルワンダにおける安全への疑問にある。

ルワンダの人権状況を批判した英政府

 “転送” の違法性を指摘したイギリス最高裁の判決によると、ルワンダに送られた難民申請者が深刻な人権侵害に直面する危険がある。だから「転送」の合意は欧州人権条約(ECHR)に違反する、と指摘したのだ。

ECHRでは拷問や非人間的扱いが禁じられているが、ルワンダは政治犯やジャーナリストの超法規的拘束や処刑などでしばしば欧米各国から批判されている。

難民に関する人権侵害も報告されていて、2018年には処遇改善などを求める難民の抗議活動に治安部隊が発砲して11人以上が死亡した。

イギリス政府はECHRに署名しているだけでなく、ジョンソン内閣が “転送” に関する最初の法律を作成した前年2021年、ルワンダの人権状況を批判していた。

しかし、最高裁が “転送” を違法と判断した後、イギリス政府は「ルワンダは安全な国」と強調してきた。今月22日、公共放送BBCに出演したミッチェル副外相はルワンダを「素晴らしい体制(remarkable regime)」と表現した。

そのため、議会が可決した法案は一般に「ルワンダの安全法(Safety of Rwanda Act)」と呼ばれる。

なぜルワンダか?

イギリス政府は白を黒と言いくるめるような苦しい答弁さえしているわけだが、一方のルワンダ政府にとって “転送” はどんな意味があるのか。

ルワンダは人口1400万人たらずの小国だが、紛争の続く隣国コンゴ民主共和国などから12万人以上の難民を受け入れている。このうえイギリスから最大5万人ともいわれる規模の難民申請者を受け入れることには、ルワンダ国内でも不安の声がある。

それでもルワンダ政府が “転送” を受け入れるのは、おそらく一人あたり3000万円の「報奨金」だけが理由だけではない。むしろ大きな目的は、イギリスに恩を売ることにあるとみられる。

この国を率いるカガメ大統領は反対派を力ずくで押さえ込む「独裁者」である一方、資源の乏しいこの国を成長させるため海外から投資を集め、さらにアフリカ大陸全体での自由貿易協定の締結を主導する「改革者」としての顔ももつ。

その外交方針は一言でいえば全方位外交で、欧米や中ロと等距離でつき合うことによる独立性を目指している。

このカガメ政権にとってイギリス政府の負担を肩代わりし、関係を強化することは、ひるがえってイギリスに対する発言力を強めることになる。実際にイギリス政府はルワンダの人権状況を事実上黙認した。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

エヌビディア「ブラックウェル」、習主席と協議せず=

ビジネス

米中首脳の農産物貿易合意、詳細不明で投資家失望

ワールド

日韓首脳が初めて会談、「未来志向」の協力確認 

ビジネス

焦点:中国のEV産業、市場競争で一段と強く 政府支
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨の夜の急展開に涙
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    コレがなければ「進次郎が首相」?...高市早苗を総理…
  • 6
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 7
    【クイズ】開館が近づく「大エジプト博物館」...総工…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 10
    リチウムイオンバッテリー火災で国家クラウドが炎上─…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story