最新記事

難民

緒方貞子がルワンダ難民を大量強制送還したのは誤りだった

2019年11月6日(水)17時40分
米川正子(筑波学院大学准教授)

コンゴ(当時のザイール)の難民キャンプから国連の助けで母国に帰還するルワンダ難民(1996年11月19日) REUTERS

<10月末に亡くなった緒方貞子は、日本人初、女性初、学者初の国連難民高等弁務官で、人道支援に尽力した。だが一方で彼女は失敗も犯し、「裏切り者」と呼ばれたことも直視しなければ、世界の難民を保護することはできない>

10月29日、元国連難民高等弁務官の緒方貞子さんの訃報が伝えられた。直後には、各メディアからの「難民保護や支援に力を尽くした」「現場主義を全うした」「人道主義者」「苦境の人々の命をつないだ」などと高く評価する記事が飛び交った。

特に緒方さんのレガシーとして知られているのは、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)がそれまで関与しなかった国内避難民の保護と支援である。その決断のおかげで、イラクから国境を越境できなかった多くのクルド避難民などの命が助かったと言われる。

一方で、緒方さんやUNHCRが犯した失敗は一切伝えられていない。冷戦終結後の1990年代に入って、世界各地で難民危機が増える中で、UNHCRは難民保護という任務と地政学的なダイナミックスの間の板挟みになっていた。難民保護とノン・ルフールマン原則(下記)は時おり、政治的、そして安全保障の優先順位と衝突することがあり、UNHCRは難しい選択肢を強いられた時期だった。

筆者は1995年から約10年、主にルワンダとコンゴ民主共和国(以下コンゴ、旧ザイール)、そしてその周辺国のUNHCRで勤務した。その際に、下記のルワンダ難民の強制帰還の光景を目のあたりにした。また、ルワンダとコンゴで緒方さんを難民キャンプに案内するなど数回面会したことがある。その後も筆者は、緒方さんが率いる国際協力機構(JICA)で1年務めた際に、またUNHCRのOGOB会などの場にて、時おり緒方さんとアフリカの難民や政治などについて意見交換をした。よく励まされ、かわいがっていただいたので、彼女の死去は筆者にとっても大きなロスで大変残念である。

緒方さんの過ち

しかしその個人的な経験と難民の話は別である。緒方さんは確かに偉大で尊敬すべきリーダーであるが、単に功績を称賛するだけではなく、緒方さんがどのような過ちを犯し、何を教訓として学ぶべきなのかを検証する必要がある。世界で移動を強いられている人々の数が増加している現在、同じ過ちを繰り返さないためにも。

<参考記事>史上最高級の国際人、緒方貞子が日本に残した栄光と宿題
<参考記事>ルワンダ現政権は虐殺の加害者だった──新著が明かす殺戮と繁栄の方程式

緒方さんが犯したいくつかの過ちの中で、特に1996~1997年の第1次コンゴ紛争中(具体的には、ルワンダ軍がコンゴ東部に侵攻してルワンダ難民キャンプを攻撃し、難民や住民に対して「虐殺」行為に関与)、UNHCRがルワンダ難民を保護できないまま、緒方さん自身も生前認めていた失敗に注目したい。当時のルワンダ難民の危機はUNHCR史上最も悪評が高く、かつタブー視されており、その危機から学ぶ点があると思われるからである。

Yonekawa191106_1.jpg

1995年当時、ルワンダ周辺国にあったルワンダ難民キャンプ


それらの過ちとは、コンゴとタンザニアからルワンダに約120万人の難民を大量強制帰還させたこと、コンゴで約20万人のルワンダ難民の大量「虐殺」が起きてしまったこと(つまりUNHCRは難民の命を守れなかった)、そしてルワンダへの強制帰還後に多数の元難民が人権侵害や恣意的な逮捕、行方不明や殺戮に直面したこと、である(その後も、ルワンダ国内外では同様の人権侵害が続いているが、詳細は拙著『あやつられる難民―政府、国連、NGOのはざまで』を参照していただきたい)。大量強制帰還の風景は、緒方さんの原著、The Turbulent Decade: Confronting the Refugee Crisis in the 1990s(『不穏な世紀:1990年代の難民危機と直面して』)の表紙カバーに載っている。(写真は以下)

Yonekawa191106_2.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米テキサス州洪水の死者43人に、子ども15人犠牲 

ワールド

マスク氏、「アメリカ党」結成と投稿 中間選挙にらみ

ビジネス

アングル:プラダ「炎上」が商機に、インドの伝統的サ

ワールド

イスラエル、カタールに代表団派遣へ ハマスの停戦条
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 8
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    「登頂しない登山」の3つの魅力──この夏、静かな山道…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中