最新記事

難民

史上最高級の国際人、緒方貞子が日本に残した栄光と宿題

2019年10月30日(水)01時00分
前川祐補(本誌記者)

コソボから逃れてきたアルバニア人女性を労わる緒方 Reuters Photographer

<日本の外交史にも足跡を残した小さな巨人の遺産を日本は生かせるか>

JICA(国際協力機構)は緒方を連れてきたらしい−−。2003年某日、筆者は当時在籍していた政府機関でこんな会話が飛び交っていた様子を耳にした。JICAの労組が、緒方のいるニューヨークまで足を運び彼女を「口説き落とした」と言う。

言わずと知れた日本人初の国連難民高等弁務官、緒方貞子。国連の著名人にして日本を代表する国際人が、JICAのトップである理事長になると言う。にわかには信じ難かった。緒方の実績には文句の付けようもないが、JICA、JETRO、JBICと言う霞ヶ関で俗に「3J」と言われるこれらの政府機関はそれぞれの所轄官庁である外務省、経産省、財務省の退任官僚の「優良天下り先」。どれだけ世界で名を馳せようとも、霞ヶ関の「部外者」である緒方が外務官僚を出し抜いて理事長に就任するということは日本の官僚的常識を覆すことだったからだ。

だが緒方は2003年、JICAの理事長に就任した。今振り返っても驚きの経緯だったが、当時の外務省を取り巻く環境からすれば同省の「下請け」に甘んじていたJICA(の労組)には追い風が吹いていたのは事実だ。当時の田中真紀子外相の「伏魔殿」発言や、機密費問題で外務省には空前絶後の逆風が吹いていたからだ。お上品な官僚組織であったはずの外務省のプライドと立場は地に落ち、OBを我が物顔でJICAに天下らせる余裕を失っていた。JICA労組は機を見るに敏だった。外務大臣就任の打診を幾度も固辞した緒方をトップに据え、官僚支配の時代に一つのピリオドを打ったのだ。

そこまでは日本の官僚史だけでなく外交史にも大きな足跡を残した。だが、理事長に就任した緒方の偉大な功績と叡智を、果たして日本は十分に生かすことができただろうか。残念ながら、ノーと言わざるを得ない。

確かに、緒方が就任した直後のJICAには大きな変化が起きた。現場主義を信条とする緒方の意思に従い、JICAは新入職員同然の若手をいち早く現場である開発途上国に送り込んだ。緒方の理念を理想の国際協力のあり方と慕う若き国際協力人は志を高くしただろう。これこそ途上国支援のあるべき姿だと。

だが、緒方の信条が長く、そして深く浸透することはなかった。彼女はその後約10年に渡りJICAのトップに座し続けたが、当初の勢いと理念は年月とともに衰えた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中閣僚貿易協議で「枠組み」到達とベセント氏、首脳

ワールド

トランプ氏がアジア歴訪開始、タイ・カンボジア和平調

ワールド

中国で「台湾光復」記念式典、共産党幹部が統一訴え

ビジネス

注目企業の決算やFOMCなど材料目白押し=今週の米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水の支配」の日本で起こっていること
  • 4
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 5
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 6
    1700年続く発酵の知恵...秋バテに効く「あの飲み物」…
  • 7
    「平均47秒」ヒトの集中力は過去20年で半減以下にな…
  • 8
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 9
    【テイラー・スウィフト】薄着なのに...黒タンクトッ…
  • 10
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中