コラム

増える難民を援助と引き換えにアフリカの第三国に「転送」──イギリスが支払うコストはいくらか

2024年05月09日(木)14時10分
リシ・スナク英首相

リシ・スナク英首相(4月24日、独ベルリン) photocosmos1-Shutterstock

<英最高裁が違法性を指摘したことで一度は頓挫した難民申請者の「転送」法案が可決。膨大な難民を受け入れる「転送先」ルワンダの思惑は?>


・イギリス議会は増え続ける難民への対策として、一人当たり約3000万円の援助と引き換えにアフリカの小国ルワンダに “転送” できる法律を可決した。

・しかし、国連機関や人権団体などからは、ルワンダの人権状況を念頭に、難民の安全への懸念があると批判が噴出している。

・「ルワンダは安全」と強弁して計画を実施する構えである。

一人当たり3000万円で “転送” 

イギリス議会は4月24日、これまで物議をかもしてきた法案を可決させた。

「難民申請者(難民としての認定と法的保護を求めているがまだ正式に認められていない者)を国外に移す」ことが可能になったのだ。この法律はイギリスにやってきた難民申請者を、アフリカ中部ルワンダに移送できると定めている。

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法案成立を受けてスナク首相は「準備はできた」と述べ、数週間以内にも “転送” が始まると発表した。

これと合わせてイギリスはルワンダへの援助を増やしていて、これを含めて難民申請者の “転送” には、国家監査局の推計で一人当たり15万ポンド(約2981万円)が必要になる。

その対象人数は最大で5万人以上とみられる。

そのすべてを仮にイギリス政府が “転送” した場合、総費用は単純計算で75億ポンド(約1兆4654億円)にのぼる。ちなみにこれは2024年2月末までにイギリスが提供したウクライナ支援(91億ユーロ、約1兆5313億円)とほぼ同額である。

イギリス独自の仕組み

一旦受け入れた難民を別の国との同意に基づいて移送する手法は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)でも「第三国定住」として定められている。しかし、これは「難民」と正式に認められた者を前提にしていて、「申請者」を国外に移すイギリスの仕組みはこれと異なる独自のものだ。

 “転送” を決定したイギリス政府には、急激に増える難民申請者への危機感がある。

この法案は2022年、当時のジョンソン内閣のもとで検討が始まった。その前年2021年には、ボートでイギリス入国を目指す難民申請者が3万人近くにのぼっていたからだ。

その多くはアフリカ出身者とみられる。さらにそのなかには難民申請者のフリをしてヨーロッパ移住を目指す不法移民、いわゆる「偽装難民」も多いという疑惑がある。

イギリス政府は難民申請者のボートによる危険な渡航をビジネス化する業者がいると指摘し、 “転送” はこうした違法業者を封じる効果があると強調している。

「 “安全でない国” に難民を送る」計画

しかし、資金と引き換えの “転送” には、法案作成段階から批判が噴出してきた。

実際、ジョンソン内閣のもとで成立した法律に基づく “転送” フライトは当初2022年6月にスタートする予定だったが、これが遅れたのは反対派が訴訟に踏み切ったからだ。その結果、最高裁が “転送” の違法性を認めたことで、政府は法案を新たに作成し直し、今回改めて法案が可決されたのだ。

もっとも、新たな法案が可決されても、訴訟が再び発生する可能性も指摘されている。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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