コラム

ガソリン高騰をさらに煽るウクライナ危機──プーチンの二重の賭け

2022年02月07日(月)14時30分

これは現代も基本的に変わらない。

mutsuji220207_wti.jpg

(出所)markets businessinsiders.comから作成

2021年以降、世界各国の経済はコロナ禍から徐々に立ち直ってきたが、その一方で物流には大きなブレーキがかかったままだ。そのため、原油の需要は高まっても供給が追いつかない。リーマンショック直前の2008年と現代で異なるのは、この供給不足だ。

しかし、多すぎる資金が市場に流れ込み、価格をさらに引き上げる点では同じだ。実際、昨年春頃からエネルギー産業が機関投資家の関心を集めてきたが、ウクライナで緊張が高まり始めた昨年秋から、火の手が上がっていなくとも、原油価格はさらに段階的に上がったのである。

ウクライナ国境に10万人の兵力を集め、極超音速ミサイル「イスカンデル」を配備するといったロシアの軍事行動は「戦争が起こるかも」という観測を強めたが、その観測によって原油価格のさらなる高騰を見込んだ投機的な資金がエネルギー市場にそれまで以上に引き寄せられ、さらなる高騰に繋がってきたといえる。

この構図は、今後も当面続くとみた方がよいだろう。

プーチンの賭け

その意味で、ウクライナ危機は原油高騰の最後の一押しになったといえるが、これがどこまでロシア政府の計算だったかは不透明だ。ウクライナ危機には根深い歴史的背景があり、プーチンが原油価格をつり上げるためだけに危機を演出したと断定するだけの根拠はない。

その一方で、政府収入の約43%をエネルギー収入が占めるロシアにとって、少なくとも結果的に、原油高騰が主力産業のテコ入れになっていることは確かだ。

ただし、原油高はロシア経済にとって一種の劇薬でもある。

本格的な戦闘になればロシアの生産能力が打撃を受けることは容易に想像されるが、それ以前にコロナ感染拡大による高インフレ率やルーブル安などでロシア経済の土台はもともと大きく揺らいでいる。そのため、国際通貨基金(IMF)はロシアのGDP成長率が2021年の4.5%から2022年には2.8%にまで落ち込むと予測している。

つまり、危機のエスカレートは原油高による利益を増加させる一方、海外からのロシア向け投資を増やすことでさらなるインフレ圧力になるとみられるのだ。その意味で、プーチンにとってウクライナ危機は大きな賭けといえる。

原油高と緊張エスカレートの悪循環

これに加えて、ウクライナ危機にともなう原油高はプーチンにとって、もう一つの賭けでもある。原油高がアメリカを追い詰める一つの圧力になるとしても、それが結果的に世界市場に占めるロシアのシェアを落とすことにもなりかねないからだ。

クリミア危機が発生した2014年以降、アメリカはロシアに数々の制裁を実施してきたが、ロシア産原油の輸入は続けており、その量は2021年11月段階で1785万バレルにのぼった。「戦争になれば原油の破壊的高騰をもたらす」という暗黙の脅しを受けるバイデン政権は、ウクライナのために本格的な対立を演じることには消極的で、実際に今のところロシアからの原油輸入を止めていない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ政権、27年度国防予算の大幅増額要求 非国

ワールド

ロシア・トルコ首脳が電話会談、中東情勢について協議

ワールド

米戦闘機、イラン上空で撃墜 乗員1人救助との報道

ビジネス

米3月雇用者数17.8万人増、過去15カ月で最多 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ海峡封鎖と資源価格高騰が業績を押し上げ
  • 2
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐせ・ワースト1
  • 3
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始めた限界
  • 4
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 5
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 6
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 7
    中国は「アカデミズムの支配」を狙っている? 学術誌…
  • 8
    血圧やコレステロール値より重要?死亡リスクを予測…
  • 9
    『ナイト・エージェント』主演ガブリエル・バッソが…
  • 10
    満を持して行われたトランプの演説は「期待外れ」...…
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引、インサイダー疑惑が市場に波紋
  • 4
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 5
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 6
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 7
    オランウータンに「15分間ロックオン」された女性のS…
  • 8
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 9
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反…
  • 10
    年金は何歳からもらうのが得? 男女で違う「最適な受…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story