コラム

「フランス軍がテロリストを訓練している」──捨てられた国の陰謀論

2021年10月14日(木)17時00分
マリのゴイタ大統領

マリ暫定政権のゴイタ大統領(左、2021年6月7日) AMADOU KEITA-REUTERS


・西アフリカのマリ政府は「フランス軍がアルカイダ系組織を訓練している」という陰謀論を展開している。

・そこには家父長的なフランスに対する不満や不信感が凝縮していて、反フランス感情の高まるマリでは一定の支持がある。

・そしてこの陰謀論は、ロシアのアフリカ進出を促すものでもある。

陰謀論やフェイクニュースはもはやトランプやロシアの専売特許ではなく、途上国でも珍しくない。しかし、どんなに荒唐無稽でも、陰謀論をひもとくとそれなりの文脈を読み取れる場合もある。

「フランスの陰謀の証拠がある」

西アフリカ、マリのマイガ首相は10月8日、外国メディアに「フランス軍がマリ北部のキダルでテロリストを訓練している」「我々はその証拠を握っている」「我々の部隊はキダルに入ることを禁じられている」と断言した。

マイガ首相はこの「テロリスト」をアンサル・ディーンと示唆している。アンサル・ディーンはマリ北部を拠点とするアルカイダ系組織で、2012年頃から民間人の殺戮や文化遺産の破壊を行なってきた。

それを訓練しているというのが本当ならもちろん大問題だが、いくらフランスが植民地主義的だとしても、実際には考えにくい。少なくともマリ政府がいう「証拠」は何も開示されていない。

ただし、情報がない以上、ウソだと証明もできない。これは典型的な陰謀論の構造だ。

家父長からみた問題児

マリが展開する陰謀論には、三つの伏線がある。第一に、現在のマリがフランスからみた問題児であることだ。

マリは1960年までフランスの植民地だったが、独立後もその影響下にあり続けた。ところが現在のマリ暫定政権は、フランスと良好な関係にあった前任者ケイタ大統領を、昨年からの2度のクーデタで放逐してできたもので、来年2月に選挙を実施することになっているが、その中核は軍人が占めている。

昨年発生したクーデタは、当時のマリ政府の腐敗や、テロ対策が進まないことに対する国民の幅広い不満を背景にしていた。

しかし、フランスはこれを一切認めず、マクロン大統領が10月6日、「いまのマリ政府はまともではない」と発言し、これを受けてマリ暫定政権はフランス大使を召喚して抗議した。

もっとも、フランスにとっての最大の問題は、マリ暫定政権が実質的な軍事政権であることではなく、それに自分の息がかかっていないことにある。実際、やはり旧フランス植民地のチャドなどでも軍人が政治の実権を握っているが、これと関係の深いフランス政府が何かいうことはほとんどない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

英政府、中国大使館建設計画巡る決定を再び延期 12

ビジネス

米銀、アルゼンチン向け200億ドル融資巡り米財務省

ワールド

インド、すでにロシア産石油輸入を半減=米ホワイトハ

ワールド

マレーシアGDP、第3四半期速報は前年比+5.2%
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体…
  • 5
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 6
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 7
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    ホワイトカラーの62%が「ブルーカラーに転職」を検討…
  • 10
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 1
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story