コラム

「フランス軍がテロリストを訓練している」──捨てられた国の陰謀論

2021年10月14日(木)17時00分

フランスはこれまでフランス語圏のアフリカに対して、いわば家父長としてふるまってきた。家父長のお気に入りになれなかった問題児が、その権威に逆らう手段は限られる。この関係はマリが他所で、ある事ない事を言い立てる土壌になっている。

「捨てられた国」の言い分

家父長と問題児の対立に拍車をかけたのが、第二の伏線、フランスのマリ撤退だった。

マリ北部でアンサル・ディーンなどのテロ攻撃が急増した2013年、これに手を焼いた当時のマリ政府はフランスに救援を求めた。さらにその後、フランス軍はマリを含む周辺5カ国の部隊ととともに、サハラ砂漠を移動するテロ組織を共同で取り締まってきた。

フランスにしてみれば、こうしたテロ対策は自分の縄張りを守るものであり、同時にヨーロッパを標的としたテロの封じ込めという意味があった。しかし、それでもサハラ砂漠一帯のテロ活動は収まるどころか広がりをみせている。

こうしたなかでマクロンは今年7月、マリ北部にあるフランス軍基地を段階的に閉鎖すると発表した。その理由は「アフリカ一帯に拡散する過激派に対応するための編成替え」とされているが、アメリカのアフガニスタン撤退と同じく、フランスも負担の大きさに耐えかねて西アフリカでの対テロ戦争に幕引きを図っているとみてよい。

そのため、マリ暫定政権のゴイタ大統領は9月末の国連総会で「フランスがマリを捨てた」と発言し、マクロンはこれに「恥知らず」と応じた。

フランスにしてみれば「いつも頼りっきりのクセに文句だけは一人前だ」となるし、マリの立場からすれば「いつも偉そうな顔をしているクセにいざとなると頼りない」となる。

「捨てた」という発言はあまりにストレートだが、他のフランス語圏の国が家父長への忖度から口にできない一言を発したものともいえる。少なくとも、それがストレートであるだけに、そのテロ対策に限界があり、マリ暫定政権の立場を認めないフランスへの反感が広がるマリ国内では支持されやすい。

「ロシアはフランスより上手くやる」

こうして悪化の一途をたどるフランスとの関係にとって決定的な「テロリストの訓練」発言は、三つ目の伏線、ロシアの登場によって促された。

フランス撤退と入れ違いのように、マリ暫定政権はロシアの軍事企業ワーグナー・グループとの契約を発表し、10月1日にその第一陣が展開している。ワーグナーはロシア軍出身者を中心に、軍事サービスを売り物にする会社で、一言で言えば傭兵だ。その活動はウクライナやシリアだけでなく、リビアやモザンビークなどアフリカ9カ国でも確認されている。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

一国の経済財政担う者として金利や為替は当然注視=高

ビジネス

豪中銀、予想通り政策金利据え置き 利上げ急がない姿

ビジネス

香港、IPO申請の質の維持を投資銀行に要請 上場急

ワールド

トランプ政権の風力発電プロジェクト承認停止は無効、
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 10
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story