コラム

「タリバンに学べ」──アフガン情勢を注視する各地のイスラム過激派

2021年09月03日(金)17時05分

各地の過激派にとって、タリバン復権には宗教的な意味づけもある。2001年に米軍によってカブールを追われたタリバンが、20年の時を経て再びカブールを制圧した姿はイスラム過激派に、異教徒の迫害によって622年にメッカを追われた預言者ムハンマドが8年後に大軍を率いてメッカ入城を果たした故事を思い起こさせるものだ。

それだけでなく、イスラム過激派にとってタリバン復権は政治的な意味でも参考にすべきものだ。

その人権侵害から悪の権化のようにいわれがちだが、少なくともアフガンの支配地域では、タリバンにもそれなりの存在意義や支持があった(だからこそ力を蓄え、カブールを制圧することができた)。

2001年のアフガン侵攻の後、アメリカの支援で発足したアフガン政府は、形だけは民主的だが有力者のコネとワイロがはびこり、とりわけ地方の住民の生活はほとんど改善しなかった。昨年5月の段階で、食糧不足に直面する人口は、全国民の4分の1以上にあたる1130万人にのぼった。

こうしたなかで生まれた政府への不信感は、逆にタリバンへの親近感を生む土壌になったといえる。

タリバンは支配地域で税金を徴収する一方、教育や医療などのサービスを提供して実質的な政府の役割を果たすようになったからだ。そのため、シンガポールにある南洋理工大学の客員研究員ヌーア・イスマイール博士は、各地の過激派がタリバンから「どうすれば人々の支持を勝ち取れるかを学ぼうとしている」と指摘する。

いわばタリバンは一つのロール・モデルとして、各地のイスラム過激派の関心の的になっているのだ。

IS衰退の空白を埋めるもの

それは裏を返すと、タリバン復権によるテロの誘発を抑えるため、各国政府はこれまで以上に国民生活に目配りする必要があることを意味する。

南アフリカのリスク分析企業アナリストであるリャン・カミングスは、政府が本来するべき仕事を肩代わりすることでタリバンが支持を増やしたことを踏まえて、アフリカ各国の政府はアフガンを他山の石として学ぶべきと警告する。カミングスによれば「アフリカを歩けば、政府の代わりになっている武装勢力はいくらもある」。

格差や抑圧を背景に、現在の世の中に不満を抱く人々は、他の地域と同じくイスラム世界でも増えている。イスラム過激派はこうした不満を吸収して勢力を増してきたわけで、2014年にシリアとイラクにまたがる領域でISが「建国」を宣言した時、世界中から参加者が集まったのは、こうした背景による。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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