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焦点:闇に隠れるパイロットの精神疾患、操縦免許剥奪と板挟み

2025年12月06日(土)14時29分

写真は、アニー・バルガスさんと、息子でパイロットのブライアン・ウィットキーさんの写真。10月6日、アリゾナ州グレンデールで撮影(2025年 ロイター/Erica Stapleton)

Rajesh Kumar Singh Dan Catchpole

[ソルトレークシティー(米ユタ州)3日 ロイター] - アニー・バルガスさんは、息子が次第に追い込まれていくのを見て、助けを求めてほしいと訴えた。しかし、応じなかった。息子のブライアン・ウィットキーさんは、米デルタ航空のパイロットで、41歳。3人の子の父親でもあった。うつ病の治療を受ければ、操縦士としての免許と暮らしの糧の両方を失いかねない。その恐怖から、治療を拒み続けた。

バルガスさんはロイターに対し、新型コロナウイルス禍による航空需要の減少でウィットキーさんは自宅待機が続き、精神状態が悪化したと打ち明けた。

2022年6月14日の朝。バルガスさんは息子にテキストメッセージを送り、連絡を取ろうとした。だが、息子の位置情報はオフになっていた。再び位置情報が表示されたとき、ウィットキーさんは、米西部ユタ州ソルトレークシティーの自宅近くの同州の山中で、自死していた。

民間航空のパイロットは、心の不調を隠すことが多い。カウンセリングや投薬を受けていると申告したり、単に助けを求めることすら、操縦士免許の剥奪つながりかねないとの恐れからだ。ロイターが30人を超えるパイロット、医療専門家、業界関係者に取材し、関連する医学研究も検証した結果、そうした実態が浮かび上がった。

今回の取材で、ロイターは米国と海外の航空会社に勤める少なくとも24人の商業パイロットに話を聞いた。

彼らは、たとえ軽い症状や治療可能な状態であっても、精神の問題を打ち明けることに強い抵抗を抱いていると証言した。即座に飛行停止となり、長く高額な医療審査に縛られ、最悪の場合はキャリア終了に追い込まれるのではないかという不安からだ。

取材したパイロットらは、精神健康上の問題を公表しない理由として航空会社のポリシーや規制要件、社会的偏見などを挙げる。

<操縦停止への不安>

ドイツの格安航空会社(LCC)ジャーマンウイングスのパイロットが重度のうつ病歴を抱えたまま、エアバスの小型旅客機A320をフランスの山腹に墜落させた事故が15年に発生し、10年超が経過した。

しかし、世界の航空業界は依然としてパイロットの精神疾患対策に関して国際的な統一の枠組みを策定できていない。大きな障壁となっているのは社会的偏見だ。

欧州航空安全機関(EASA)は航空会社に対してパイロット向けのピアサポート制度の提供を義務付け、医療検査の担当者への監督を強化している。

米連邦航空局(FAA)は、うつ病など精神疾患の治療に用いる抗うつ薬などについて、使用を認める薬のリストを拡大してきた。

また、注意欠如・多動性障害(ADHD)の診断を自己申告するパイロットのために、就航への道筋も整備した。航空会社やパイロット組合も、匿名性を重視したピアサポートプログラムを広げている。

オーストラリア民間航空安全局(CASA)は、うつや不安障害のあるパイロットについても、リスク管理がなされていることを条件に、治療を受けながら医療証明を維持できるよう、ケースごとに判断している。

しかし政策と現場の認識の隔たりは依然大きい。米国とカナダのパイロット計5170人に対して23年に実施した調査では、過半数が「操縦資格喪失懸念」から医療の受診を避けていると回答。この実態は、パイロット界隈に定着している不気味な格言「嘘をつかなければ飛べない」が事実であることを象徴している。

パイロットの労組と支援団体、航空業界団体は、FAAに対して航空規則制定委員会(ARC)の勧告を採用するよう強く求めている。この勧告は、問題を報告したパイロットを保護し、職務復帰を迅速化する措置だ。米議会下院は9月、FAAに対して2年以内の変更を義務付ける法案を可決した。

<「あの頃より、ずっといいパイロットになれた」>

また、パイロットが健康上の理由で飛行停止処分を受けると、経済的打撃は甚大だ。病気休暇を使い切った後、障害手当の対象となることが多く、収入が大幅に減少する。

米商業航空会社のパイロット、トロイ・メリットさん(33)は22年12月、自ら進んで飛行をやめた。うつ病と不安障害が安全な飛行能力を損なっていると気づき、服薬治療を開始したという。

復帰には6カ月間の安定的な服薬と心理・認知テストをクリアすることが必要だった。それらの一部は健康保険の対象外で、メリットさんはロイターに対して約1万1000ドル(約170万5000円)かかったと明かした。

FAAの規則制定委員会は、こうした高額な自己負担が、パイロットたちを受診から遠ざける大きな要因になっていると指摘する。委員会が昨年まとめた報告書によれば、精神疾患の診断は、包括的な保険プランであっても、補償範囲が限定されることが多い。

メリットさんは復帰した時点で操縦から1年半離れており、障害保険で生活していた。治療経過が良好なパイロットが医療証明を再申請するのに6カ月も待たされるべきではなく、FAAはそうした申請を30日以内に審査すべきだとメリットさんは訴える。

メリットさんは回復後に大型機での操縦訓練を受け、上海や香港などへの長距離フライトをこなすようになった。かつては気が遠くなるほど困難に感じていた飛行だ。「いまの私は、あの頃より、ずっといいパイロットになれた」

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