コラム

大統領選後の暴動・内乱を警戒する今のアメリカは途上国に近い

2020年11月05日(木)19時00分

ケニアの場合、ケニヤッタ大統領の支持基盤であるキクユ人やカレンジン人が政府要職を占め、それぞれの地域に開発プロジェクトなどが集まりやすい反面、それ以外の民族や地域は半ば放置されている。

こうした「勝てば官軍」の状況は、手段を選ばずに選挙に勝とうとする心理を生みやすいだけでなく、「勝った自分たちこそ正義」となりやすい。逆に選挙での敗北は、ただの敗北ではなく、自分たちの存在そのものが否定されかねないため、「負けたら選挙結果を認めない」という、幼児退行したような、ゲームのルールを無視した言説さえ生みやすい。

アメリカではグローバル化にともない、専門知識や技能をもつなら、性別、宗教、人種にかかわらず社会的サクセスを期待できるようになったが、それは「白人(男性)であること」にあぐらをかきたい人(いわばグローバル化の敗者)からすれば、自らの既得権を脅かすものに他ならない。

分裂した社会で特定の勢力の支持を固めるために手段を選ばなくなる点では、ケニア最大の人口を抱えるキクユ人の支持を固めるために他のグループを排除するケニヤッタ大統領と、白人右派によるムスリムや有色人種への暴力を無視するトランプ大統領は大差ない。

制度への不信感

他にもまだまだあるが、最後に一つ付け加えるなら、制度への不信感の強さが選挙をめぐる暴力を助長しやすいといえる。

途上国では「一つの国民」としての意識が薄いことから、あたかも一つの国民がいるという前提で存在する「ことになっている」国家そのものへの信頼性が低い。そのため、公権力の象徴である議会、裁判所、警察などへの不信感も強い。

それは裏を返せば、「自分たちの正義や利益は自分たちで守るべき」という思考を強めやすい。これは少数派だけでなく、程度の差はあっても多数派にも共通する。ケニアでは選挙で有利なはずの多数派キクユ人に、とりわけ選挙をめぐる暴力が目立つ。

分裂した社会では多数派も「一つの国民」意識は薄く、彼らにとって選挙とは自分たちの利益のために公権力を利用する手段に過ぎないからだ。そのため、勝つためには手段を選ばなくなりやすい。

アメリカを取り巻く状況は、これに近づいている。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、長射程トマホーク供与を検討 ウクライナ向け=副

ワールド

中朝外相が北京で会談、協力拡大で一致 戦略的意思疎

ワールド

ベトナムに台風20号「ブアロイ」上陸、13人死亡 

ワールド

ゼレンスキー氏、欧州との共同防空システム構築を提案
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ハーバードが学ぶ日本企業
特集:ハーバードが学ぶ日本企業
2025年9月30日号(9/24発売)

トヨタ、楽天、総合商社、虎屋......名門経営大学院が日本企業を重視する理由

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒りの動画」投稿も...「わがまま」と批判の声
  • 2
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 3
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から思わぬものが出てきた...患者には心当たりが
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    「逃げて」「吐き気が...」 キッチンで「不気味すぎ…
  • 6
    シャーロット王女の「視線」に宿るダイアナ妃の記憶.…
  • 7
    マシンもジムも不要だった...鉄格子の中で甦った、失…
  • 8
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 9
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 10
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市…
  • 1
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 2
    日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...「文学界の異変」が起きた本当の理由
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 5
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 6
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 7
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 8
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市…
  • 9
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 10
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 8
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 9
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story