コラム

大統領選後の暴動・内乱を警戒する今のアメリカは途上国に近い

2020年11月05日(木)19時00分

とはいえ、選挙をめぐる暴力が特に目立つのは開発途上国なかでも貧困国だ。とりわけ、筆者が専門とするアフリカでは、かねてから選挙をめぐる暴力が問題視されてきた。

例えば、米国防省系のアフリカ戦略研究センターによると、1990年から2014年までのアフリカ各国の選挙のうち、

・脅迫などの暴力的嫌がらせが確認された選挙 38%

・政府、警察などによる暴力 11%

・各陣営の支持者同士の大規模な衝突 9%

また、同じく米連邦議会系の平和研究所によると、1990年以降のアフリカの選挙の約4分の1で1人以上の死者が出ている。

なかでも選挙をめぐる暴力の目立つ国の一つが東アフリカのケニアだ。特に2007年選挙では、野党支持者への組織的暴力により1300人以上が殺害され、65万人以上が土地を追われた。極右組織を動員してこれを実行させたとして国際刑事裁判所から「人道に対する罪」で告発されたのが、現在のウフル・ケニヤッタ大統領だ(起訴はされなかった)。

さすがにこれほど大規模な暴力はケニアでも稀だが、直近の2017年大統領選挙でも100人以上が死亡したといわれる(当局の発表では24人)。

なぜ選挙が暴力を生むか

選挙が暴力を生む原因については、この問題の「先進地」であるアフリカを中心に、各国で地道な研究が進められている(こうした研究も学問に生産性やら効率性やらを求める立場からすればムダなのだろうが)。その逐一を紹介することは不可能なので、以下ではそれらの研究を踏まえて、アメリカとの関連から3点に絞ってみていこう。

第一に、国内の分裂だ。途上国では外部によって境界を設けられた植民地時代の後遺症で、国内に数多くの民族や宗教が入り混じっていることが珍しくない。先述のケニアに関していえば、32以上の民族がいる。

これに対して、アメリカをはじめ先進国では、移民の増加やライフスタイルの多様化を背景に、趣味嗜好が同じ者だけでSNS上で集まりやすい傾向が強まっている。社会学で「部族化」と呼ばれるこの現象は、国内の分裂を生む土壌でもある。とりわけアメリカでは人種や宗教による分断が深刻化している。トランプ大統領はこれを意識的に煽ってきたが、分裂そのものは彼の登場以前から生まれていた。

だとすると、歴史的な背景は違うものの、そもそも「一つの国民」という意識が薄くなりやすい点で、選挙をめぐる暴力が蔓延する途上国に先進国は近づいている。

「勝てば官軍」の危うさ

第二に、分裂した社会で、選挙に勝った多数派が全てを握れば、ただ少数派を政治、経済、文化のあらゆる面で無視する構造になりやすい。

分裂した社会では国民全体から幅広い支持を集めることは難しく、政治家にとって一番簡単かつ安易なのは、特定のグループの代弁者になり、その支持を固めることだ。特に多数派の出身者にとっては、少数者を排除することが最も効率的ともいえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米百貨店コールズ、通期利益見通し引き上げ 株価は一

ワールド

ウクライナ首席補佐官、リヤド訪問 和平道筋でサウジ

ワールド

トランプ政権、学生や報道関係者のビザ有効期間を厳格

ワールド

イスラエル軍、ガザ南部に2支援拠点追加 制圧後の住
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    「どんな知能してるんだ」「自分の家かよ...」屋内に侵入してきたクマが見せた「目を疑う行動」にネット戦慄
  • 3
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪悪感も中毒も断ち切る「2つの習慣」
  • 4
    【クイズ】1位はアメリカ...稼働中の「原子力発電所…
  • 5
    「ガソリンスタンドに行列」...ウクライナの反撃が「…
  • 6
    「1日1万歩」より効く!? 海外SNSで話題、日本発・新…
  • 7
    イタリアの「オーバーツーリズム」が止まらない...草…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    「美しく、恐ろしい...」アメリカを襲った大型ハリケ…
  • 10
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 3
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 4
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 5
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 6
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 7
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 8
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 9
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 10
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 10
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story