コラム

なぜ日本には緊急事態庁がないのか──海外との比較から

2020年03月05日(木)17時25分

だとすると、なぜ日本には緊急事態にワンストップで対応する専門機関、あるいはそのポストがないのか。そこには、大きく2つの理由があげられる。

政府への不信感

第一に、日本では先進国で飛び抜けて、政府への信頼が薄いことだ。

各国の意識調査を行う世界価値観調査によると、「政府を信頼できる」と答えた日本人は「とても」と「ある程度」を合わせて24.3%にとどまった。これは先進国中ほぼ最下位であるばかりか、内戦が続くイエメン(27.5%)やリビア(22.5%)に近い水準だ。

だとすると、非常時とはいえ、政府に一元的な権限を認めることに否定的な意見が多くても不思議ではない。それは緊急事態に備える専門機関を設置する以前の問題だ。

筆者の個人的な経験でいうと、2015年11月のパリ同時多発テロ事件の際、オランド大統領(当時)が緊急事態を発令し、ヒトの移動や集まりを制限したことに関して、「非常時のための法整備を日本でも考える必要がある」と書いたところ、否定的なコメントを数多く受け取った。そのほとんどは「非常時」を大義名分に政府が強い権限を握ることへの懸念だった。

実際、何をもって緊急事態と呼ぶかに明確な国際的基準はなく、一歩間違えればご都合主義に陥りやすい。それは緊急事態の宣言だけでなく、宣言しない場合でも同じだ。

例えば、新型コロナが拡大しつつある今のアメリカでは、FEMAがスタンバイしていても、トランプ大統領は緊急事態を宣言していない。それが大統領選挙を目前にしたなかで株価下落を招く恐れがあるからとみられる。

日本の場合、あらゆる市民生活が「非常時」を理由に、超法規的に規制された戦前の軍部支配のイメージが強いのかもしれない。また、都合の悪い資料ほど処分するといった政府の体質は、これに拍車をかけているだろう。

こうした状況のもと、政府が緊急事態に向けた対策を強化することは確かに難しい。それは少なくとも部分的には、歴代政権が撒いた種ともいえる。そのため、緊急事態にワンストップで対応する機関が必要だとしても、政府が「非常時」を宣言することに幅広く信頼を得ることが前提条件になってくる。

55年体制の遺産

第二に、これに関連して、自民党の長期政権が緊急事態への対応を難しくしたといえる。

自民党が単独で政権を握った1955〜93年のいわゆる55年体制は、戦後日本の発展の礎になった一方、マイナスの影響も生んだ。

当時、それぞれの省庁の利益を代弁する自民党議員、いわゆる「族議員」は政策立案だけでなく、各省庁への予算配分にも大きな影響力を持った。そのもとで中央省庁のタテ割りは強まり、省益を何より優先させる気風も強まった。

これは日本で緊急事態に対応する専門機関を生みにくくしたといえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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