コラム

なぜ日本には緊急事態庁がないのか──海外との比較から

2020年03月05日(木)17時25分

大統領が憲法で定められた権限に基づき緊急事態を宣言することで、FEMAは関係省庁と州政府、さらに自治体の活動や資源を調整し、危機対応のセンターになる。その業務には、非常事態によって損失を受けた自治体や個人への支援も含まれる。

これらは事前に設定されたマニュアルに沿って行われるため、迅速な対応が可能になる。

また、FEMAは全国10カ所に地域事務所をもち、非常時にはここが連絡・調整の拠点になるとあらかじめ決まっている。これに対して、日本では中央と地方の情報共有や役割分担が連絡調整室などで行われるが、これも後付けだ。

そのうえ、陣容も日本とはケタが違う。FEMAは7000人以上の常勤職員と1万人以上の非常時対応要員を抱える。一方、内閣府防災担当は92名で回している。

もっとも、FEMAは2003年の組織改編で国土安全保障省の傘下に組み込まれ、軍事優先の風潮のなか、災害や感染症などへの対応が弱体化したといわれる。とはいえ、それでもFEMAは危機管理の一つのモデルとしてあり続けている。

ほとんどの主要国にある常設の専門機関

このようにいうと、「アメリカは大統領制だから政府に大きな権限が認められるんだ」といった批判もあり得る。

しかし、これはアメリカ大統領制ほど権限が分散されている体制は珍しいことを理解していないものだ。

実際、トランプ大統領の移民受け入れ制限命令は、議会や裁判所によって止められた。また、連邦制のもとで州政府には高い自主性が認められている。日本の国会や最高裁が政府方針の歯止めにならず、都道府県など地方政府が中央からの指示待ちになりやすいことと比べれば、アメリカの方がはるかに分権的といえる。

ここで重要なのは、そのアメリカでも非常時には通常の法律や指揮命令系統を止め、危機対応のために権限を集約させる仕組みがあることだ。そこには、緊急事態に対応できなければ、むしろ憲法で定められた基本的人権や公共の秩序を守れないという思想がある。

そのため、規模や権限に差はあるが、ほとんどの主要国には緊急事態から民間人の安全を守るための常設の専門機関がある。

例えば、日本と同じく議院内閣制のイギリスにも、自然災害、感染症、テロなどの対応で各機関の連絡・調整に責任を負う民間緊急事態事務局が内閣府のもとに置かれている。また、日本と同じく中央集権的なフランスでは、大統領の緊急事態宣言を受け、内務大臣をトップとする民間防衛・安全理事会が全体を統括する。さらに、新型コロナで緊急事態を宣言したイタリアでも、憲法上その規定はないが政府は特別法でこれまでにもしばしば緊急事態を宣言しており、その際には閣議直属のコミッショナーがその任に当たることになっている。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ウェイモ、リフトと提携し米ナッシュビルで来年から自

ワールド

トランプ氏「人生で最高の栄誉の一つ」、異例の2度目

ワールド

ブラジル中銀が金利据え置き、2会合連続 長期据え置

ビジネス

FRB議長、「第3の使命」長期金利安定化は間接的に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story