コラム

なぜ右傾化する高齢者が目につくか──「特別扱いは悪」の思想

2019年03月05日(火)18時12分

大学紛争は、当時の大学の機械的な運営や学費値上げなどへの反発に端を発したが、これがやがて官僚支配や大企業による経済支配といった社会の構造そのものへの批判に発展した。その延長線上に、アメリカ史上最もダーティーな戦争の一つベトナム戦争や、日米安保条約のもとでこれを暗に支える日本政府への批判も噴出し、大学だけでなく高校にも余波が広がったのである。

「虐げられた若者の反乱」が起こったのは日本だけではなかった。1968年から1969年にかけて、アメリカの公民権運動やベトナム反戦運動、パリ中心部を占拠した学生運動「5月革命」、そしてソ連の影響下に置かれていた当時のチェコスロバキアで発生した民主化運動「プラハの春」などが、世界各国で同時多発的に発生した。

これらはいずれも、今よりさらに年長男性優位(アメリカではここに白人キリスト教徒という条件がつく)が鮮明だった時代に、「自分たちの声を聞け」という欲求に駆られていた点でほぼ共通する。これは、その後の女性の社会進出や人種差別規制などに結びついた。

スローガンと常識の狭間

だとすれば、なぜ現在、歳を重ねたこの世代に右傾化する人が目立つのか。

少なくとも日本の場合、この世代に変わり身の早い人が目立ったことは、以前からその上下の世代から指摘されてきた。大学紛争で授業を妨害し、デモを行い、果ては警官隊と衝突した人々の多くは、卒業が近づくと見事に社会に順応し、就職活動を行って、その後は企業戦士としてバブル経済に突っ込む日本経済を支えた。

状況をみて自分の生活を優先させることは、常識的といえば常識的だ。しかし、それ以前「明日にも革命が起こる」と言わんばかりだった人々の豹変ぶりは、イデオロギーがある種のファッションに過ぎなかったことを示唆する。この観点からすれば、世の中のセンターラインがずいぶん右に寄った現代、右傾化することはファッションとして申し分ないかもしれない。

ただし、それではただの無節操に過ぎなくなる。(別に右傾化する高齢者を擁護しなければならない義理はないが)たとえ思想的に大きく転換したとしても、そこに何らか基軸はないのだろうか。

二つのヒント

このヒントが二つある。

第一に、マルクス主義歴史学者で労働運動家ダニエル・ゲランの、パリ5月革命に関する観察だ。


「それは直接行動を、決然たる違法行為を、職場の占拠を武器とみなした......それはすべてを、すべての既存の思想を、すべての既成の機構を告発した......あらゆる権威は辱められ、また、さらには嘲弄された」

出典:ダニエル・ゲラン『現代アナキズムの論理』、p8-9.

ゲランの『現代アナキズムの論理』はパリ5月革命の前後にフランスで広く読まれたが、彼の観察からは当時の若者が、大きな力で支配されることを拒絶した様子がうかがえる。ここに、権威や年長者に黙って従うのをよしとした戦前世代とは異なる革新性があった。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏銀行、資金調達の市場依存が危機時にリスク=

ビジネス

ビットコイン一時9万ドル割れ、リスク志向後退 機関

ビジネス

欧州の銀行、前例のないリスクに備えを ECB警告

ビジネス

ブラジル、仮想通貨の国際決済に課税検討=関係筋
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 10
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story