コラム

世界が直面する核の危機──印パ和平を阻む宗教ナショナリズムとは

2019年03月04日(月)14時00分

また、対立がエスカレートしたきっかけがジェイシュ・ムハンマドのテロ攻撃だったことも、パキスタン政府にすれば後ろめたい部分があるだろう。パキスタン政府は否定しているが、「ジェイシュ・ムハンマドがパキスタン政府と結びついている」という指摘は、欧米諸国でもほぼ共有された見方だ。この点でも、パキスタン政府はできるだけ早く幕引きを図りたいとみてよい。

それだけでなく、アメリカ、ロシア、中国、サウジアラビアなど多くの国が対立のエスカレートを避けるよう求めて働きかけていることも、和平に向けた機運となっている。国際的な懸念は、インドとパキスタンが核保有国であることを大きな背景とする。

インドとパキスタンは、カシミール問題をめぐる対立を背景に核開発を競って進め、1998年にそれぞれ核兵器の保有を宣言。その後の20年間で、いずれも弾道ミサイルや核ミサイルを搭載できる潜水艦の配備などを進めてきた。

つまり、対立がエスカレートすれば核の使用にまで行きつきかねず、その場合にはどちらが先制攻撃しようとも必ず核の報復を受けることになる。2月27日にパキスタンのクレシ外務大臣が「戦争を望んでいない」というメッセージを発したことは不思議でない。

和平に消極的なインド政府

ただし、パキスタン政府の和平メッセージに、インド側は積極的に応じる気配をみせていない

冒頭に述べたように、モディ首相はパイロット解放を祝福したものの、インド軍がジェイシュ・ムハンマドを攻撃していることを念頭に、「彼ら(パキスタン政府)に問いたい。我々の部隊を支援しようというのか、それとも疑っているのか」と述べ、パキスタン政府の「和平の意思表示」に疑問を呈した。

同様に、パイロットの解放を受けても、インド政府からは矛を収めない発言が出ている。シン対外関係大臣(外務大臣にあたる)が「釈放は国際法的に当たり前のことで、それでパキスタンが我々に好意を示したことにはならない」、「1971年以来、我々は9万人のパキスタン兵捕虜を釈放してきた」と主張したことは、これを象徴する。

インド政府も「核戦争に勝者はない」ことを理解しているはずだ。それでも強気の姿勢を崩さないのは、パキスタンに対して軍事的・経済的に優位に立っているという自己認識だけでなく、「ジェイシュ・ムハンマドを支援して火種をふりまいておきながら、この期に及んで和平を求めるのはムシが良すぎる」という不満があるとみてよいだろう。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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