コラム

世界が直面する核の危機──印パ和平を阻む宗教ナショナリズムとは

2019年03月04日(月)14時00分

アメリカやイギリスがジェイシュ・ムハンマドを「テロ組織」に指定し、ロシアやサウジアラビアもインドの「テロとの戦い」を支持していることは、インドにとって自分たちの大義名分を押し通しやすい条件になっているとみられる。

ヒンドゥー・ナショナリズムの影

しかし、モディ首相以下、インド政府が強気を崩さない背景には、国内政治上の理由も考えられる。

インドでは4月から5月にかけて議会下院選挙が実施される。モディ首相と与党・インド人民党(BJP)は、2014年選挙の勝利で初めて勝利した。ただでさえ初の再選を狙う重要な選挙を前に、モディ政権が宿敵パキスタンに厳しい態度をとることは不思議でない

とはいえ、モディ政権の場合、「危機を収束させて国家の安全を図る」ことを手柄にするより、「とにかくパキスタンを追い詰める」ことに向かいやすいことは、そのイデオロギー的な立場にもよる。モディ首相は世俗主義を原則としたインド歴代政権と異なり、「ヒンドゥー教徒=インド人」という図式を鮮明に押し出し、宗教ナショナリズムを鼓舞してきた。

その結果、インドでは少数派であるムスリムへの嫌がらせや暴行が相次いでいるばかりか、警察や公的機関がこれを無視する傾向が強くなっている。

つまり、ヒンドゥー・ナショナリズムを掲げ、とりわけイスラームの排斥を唱導してきたモディ首相にとって、ジェイシュ・ムハンマドやパキスタン政府との対決は、これ以上ない宣伝効果をもつのである。

ポピュリストの苦悩

一方、「和平への意思表示」を示したパキスタン政府も、これ以上インドに配慮する姿勢をみせることはしにくい。そこには、イスラーム過激派と結びついたパキスタン政府の事情がある。

今回の対立のきっかけになった2月14日のプルワマでのテロ事件を受け、パキスタンのカーン首相は2月19日、「ジェイシュ・ムハンマドに関するインドの調査に協力する用意がある」と声明を発表。2月22日には、ジェイシュ・ムハンマドの拠点の一つをパキスタン当局が捜索した。

しかし、これまで歴代のパキスタン政府は、自国の外交・安全保障上の理由から、アフガニスタンのタリバンをはじめ、イスラーム過激派を育成し、近隣諸国でのその活動を支援してきたといわれる。ジェイシュ・ムハンマドはその一つで、カーン首相がその取り締まりを実際に強化することは難しい。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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