コラム

世界が直面する核の危機──印パ和平を阻む宗教ナショナリズムとは

2019年03月04日(月)14時00分

これに拍車をかけているのが、カーン首相個人の特性だ。

カーン首相は有名な元クリケット選手で、その高い知名度と端正なルックス、そして「政界のアウトサイダー」としてクリーンなイメージで、「90日間で大規模な汚職を撲滅する」といった実現がほとんど不可能な約束を掲げて2018年に最高責任者の座に上り詰めた、いわゆるポピュリストだ。

その大きな方針はイスラームの価値観と現代的な国家を融合させることにあり、イスラーム過激派というより、「イスラーム世界の一部であること」にアイデンティティを見出すナショナリストとみた方がよい。しかし、「イエスは歴史において言及されていない」と述べるなど、イスラーム過激派が喜びそうな発言もしばしばで、タリバンなどへの対応が「ソフト」であるともみなされてきた。

そのカーン首相も、さすがにインドとの全面衝突を避けるため、「和平への意思表示」を示したわけだが、インド軍パイロットの解放には閣僚からも「解放した後でインドが攻撃してくることもある」と異論が出るなど、その基盤は不安定だ。パキスタンの反インド感情の高まりに鑑みれば、ポピュリストのカーン首相にとって、これ以上の譲歩は難しいとみられる。

こうしてみたとき、インドとパキスタンの両首脳は、対立がエスカレートする事態を回避したいと考えていたとしても、自分たちが掲げてきたスローガンと情動的な国内政治に拘束され、そこに向かうのが難しいといえる。言い換えると、合理的な判断が宗教ナショナリズムに絡めとられているのだ。その意味で、インドとパキスタンはナショナリズムとポピュリズムが蔓延る世界が直面する危険を象徴するのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米金融政策は適切な位置、関税影響まだ初期段階=NY

ビジネス

クシュタール、セブン&アイへの買収提案撤回 真摯な

ワールド

米、貿易でインドと合意近い 欧州との合意も可能=ト

ワールド

ゼレンスキー氏「半年以内に兵器の50%国産に」 新
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 2
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏にも送電開始「驚きの発電法」とは?
  • 3
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 4
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 5
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 6
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 7
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 10
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 10
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 7
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story