コラム

プーチンより毒をこめて:国連総会「エルサレムの地位変更無効決議」にみるトランプ政権の「負け勝負」

2017年12月25日(月)13時00分

ロシアを公式訪問したネタニヤフ首相と握手するプーチン大統領(2016年6月7日) Maxim Shipenkov-REUTERS

12月21日に国連の緊急総会で行われた決議で、エルサレムをイスラエルの首都と認める米国トランプ政権の決定が無効であることを193ヵ国中128ヵ国が支持しました

【参考記事】「米国大使館のエルサレム移転」がふりまく火種:トランプ流「一人マッチポンプ」のゆくえ

約3分の2の加盟国の反対は、トランプ外交の大きな失点。国連で米国が孤立する様相は、2003年に国連安保理でイラク侵攻への反対が相次いだことを想起させます。

「超大国」とは単純な大国と異なり、大きな軍事力、経済力をもつだけでなく、世界全体の秩序を生み出す国にのみ冠される言葉です。その意味で、トランプ大統領のもとで米国はもはや「世界最大の問題児」としての様相を強めています。そして、そこにはロシアの影を見出せます

「トランプ大統領誕生」で米国が「超大国」でなくなる日―英国との対比から

世界最大の問題児

エルサレムをイスラエルの首都と認定することに世界各国から批判が高まるなか、以前からトランプ大統領は「無効」決議に賛成する国への援助を減らすことを示唆してきました。さらに決議での「敗北」を受けて、米国のヘイリー国連大使は国連への拠出金の削減にまで言及しています

とはいえ、実際に開発途上国への援助を削減することにはリスクもあります。

世界銀行の統計によると、2015年度の米国の政府開発援助(ODA)は約266億ドルで、世界一。その規模は、西側先進国の援助額全体(約1077億ドル)の約25パーセントを占めます。その最大の援助国である米国が援助を削減すれば、開発途上国とりわけ貧困国にとって大きな圧力になることは確かです。それはトランプ政権にとって、自分に従おうとしない者への一種の「制裁」といえます。

しかし、その影響が大きいが故に、仮にトランプ政権が実際に援助を削減すれば、それ以外の国、特に中国がこれまで以上にこの分野で存在感を高めることになり得ます

中国はアフリカなど貧困地帯向けの援助で急速に台頭しており、その資金協力は純粋な「援助」というより「投資」や「融資」が中心です。それでも2013年段階で、例えばアフリカ向けだけで中国の融資は約100億ドルにのぼり、これは日米をはじめとする西側先進国や世界銀行などの国際機関を上回る規模です

【参考記事】ケニアでの中国企業襲撃事件の報道にみる中国メディアの変化
【参考記事】アフリカ・ジブチにおける中国の軍事拠点の建設がもつ意味―「普通の大国」がもたらす二つの効果
【参考記事】李克強首相のアフリカ訪問から中国-アフリカ関係を考える

つまり、米国だけが援助国でない以上、いかにもワンマン社長らしく実際に援助を停止すれば、貧困国の間で「札束で顔をひっぱたこうとする傍若無人な金持ち」としてのイメージが定着するだけでなく、これまで以上に開発途上国が中国になびく可能性が大きいのです。国連加盟国193ヵ国のうち「西側先進国」が開発援助委員会(DAC)加盟の29ヵ国に過ぎないことに鑑みれば、その支持を失うことは米国にとって大きなダメージと言わざるを得ません。

有利な時は弱気に、不利な時は強気に

かといって、いかに「敵に塩を送る」ものであっても、援助を多少なりとも停止しなければ、ただの「ビッグマウス」で終わります。それはそれで、米国の体面に関わる問題です。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は8日ぶり反発、米CPI後の株高や円安を好

ワールド

米ガソリン価格、近く1ガロン3ドル割れへ ハリス氏

ビジネス

英公的債務、今後50年で3倍も 生産性回復なら伸び

ワールド

トランプ氏の関税引き上げ案、海上運賃高騰招くと専門
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
2024年9月17日/2024年9月24日号(9/10発売)

ユダヤ人とは何なのか? なぜ世界に離散したのか? 優秀な人材を輩出した理由は? ユダヤを知れば世界が分かる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは...」と飼い主...住宅から巨大ニシキヘビ押収 驚愕のその姿とは?
  • 3
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 4
    公的調査では見えてこない、子どもの不登校の本当の…
  • 5
    アメリカの住宅がどんどん小さくなる謎
  • 6
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 7
    キャサリン妃、化学療法終了も「まだ完全復帰はない…
  • 8
    恋人、婚約者をお披露目するスターが続出! 「愛のレ…
  • 9
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンシ…
  • 10
    数千度の熱で人間を松明にし装甲を焼き切るウクライ…
  • 1
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 2
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 3
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組10名様プレゼント
  • 4
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 5
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは.…
  • 6
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元…
  • 7
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が…
  • 8
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 9
    「私ならその車を売る」「燃やすなら今」修理から戻…
  • 10
    メーガン妃の投資先が「貧困ポルノ」と批判される...…
  • 1
    ウクライナの越境攻撃で大混乱か...クルスク州でロシア軍が誤って「味方に爆撃」した決定的瞬間
  • 2
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 3
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すればいいのか?【最新研究】
  • 4
    寿命が延びる「簡単な秘訣」を研究者が明かす【最新…
  • 5
    ハッチから侵入...ウクライナのFPVドローンがロシア…
  • 6
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 7
    日本とは全然違う...フランスで「制服」導入も学生は…
  • 8
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 9
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 10
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story