コラム

脳卒中患者の自動車運転再開プロセスとは──日本の支援体制と現在地

2021年03月31日(水)17時30分

曲山氏が介護する側ではなく、障害を持つ本人が運転する車両の改造に取り組み続ける理由は、強い"使命感"からだ。

東京トヨペット法人営業部に在籍中、日本財団の事業で車いす移動車などの寄贈事業でトヨタ自動車の窓口サポートをした時に福祉車両と出会い、日本財団の別事業で「車いすのまま運転スペースに入り、ジョイステックで運転できるクルマ」を見て雷に打たれたような衝撃を受けた。

2001年から実家の曲山自動車整備工場を継ぎ、本人運転タイプの改造を開始。曲山自動車整備工場の福祉車両部門「アイウェル」を2005年に立ち上げた。岩手、宮城、福島、茨城、新潟などの病院やリハビリテーション施設の営業をして回ったが、病気の発症や事故で何らかのハンディを負った患者の運転再開サポートや車両改造について「考えていない」「取り組む気もない」とリアクションが非常に悪かったことに大きなショックを受けた。

日本の地方部にとって、自動車は単なる移動手段以上に特別な存在だ。社会人として活動するためには欠かせず、同時に自尊心であり、自己表現でもある。助手席ではだめで、ハンドルを握られないことは社会人失格の烙印を押されることに近い。運転できるのが現実的になると顔の表情がパッと希望に満ち溢れるとという。

こんなに大切な自動車の運転にも関わらず、病気の発症や事故で何らかのハンディを負った患者の運転再開サポートや車両改造について病院や施設の理解がないこと、患者や家族に情報が伝わっていないことに疑問を感じ、使命感が湧いてきたそうだ。

脳卒中に注目し始めたのは、車両の改造に取り組み続けてきたなかでも発症者からの問い合わせが多かったからだ。交通事故より複雑で高次脳障害の診断を必要とするため悩みを抱えている人が多いという。

運転再開に向けてリハビリを行う病院も

曲山自動車整備工場の福祉車両部門「アイウェル」では、顧客の指示通りに改造するだけではない。

運転再開の手続き、非課税や減免といった税制度、自動車改造費の助成制度の情報提供や理解のある自動車教習所の紹介など運転再開・再開後のサポートまで一貫して行っている。

情報もばらばらで、社会的な理解も進んでおらず、病気の発症により生活環境が変わった本人や家族だけでは乗り越えられないことも多いからだ。

プロフィール

楠田悦子

モビリティジャーナリスト。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化とその環境について考える活動を行っている。共著『最新 図解で早わかり MaaSがまるごとわかる本』(ソーテック社)、編著『「移動貧困社会」からの脱却 −免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)、単著に『60分でわかる! MaaS モビリティ革命』(技術評論社)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英サービスPMI4月改定値、約1年ぶり高水準 成長

ワールド

ノルウェー中銀、金利据え置き 引き締め長期化の可能

ワールド

トルコCPI、4月は前年比+69.8% 22年以来

ビジネス

ドル/円、一時152.75円 週初から3%超の円高
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story