コラム

犯人の特徴をあぶり出し、容疑者を絞り込む「プロファイリング」の歴史...アメリカで普及したきっかけは?

2024年06月06日(木)15時30分
プロファイリングのイメージ

(写真はイメージです) New Africa-Shutterstock

<日本では「不審者」に注目する防犯対策が主流だが、危険な人物は見た目だけでは分からない。そこで必要となるのが、犯罪が起きる「場所」に注目する考え方だ>

埼玉県川口市で先月末に起きたタクシー強盗殺人未遂事件では、容疑者が現場から逃走したものの、県警はJR大宮駅で容疑者を発見し、逮捕した。これを受けてマスコミは「警察は動機を調べる方針」と伝えたが、これは正確な報道ではない。

警察では、動機の調査はほとんどしていない。法律もそんなことを要求していない。そのため、警察には動機解明の専門家は配置されていない。

裁判も同様である。検察官も裁判官も、犯罪心理の専門家ではなく法律の専門家。つまり、警察や裁判所の仕事は事実の確定であって原因の確定ではないのである。

にもかかわらず、こうした報道がまかり通っているのは、日本が「犯罪原因論」にどっぷり浸かっているからだ。犯罪原因論は犯人の動機に注目する立場だが、動機は外見からは発見できない。つまり、日本で普及している「不審者」に注目するやり方に防犯効果を期待することはできない。

「場所は心を映し出す鏡」

これに対し、「犯罪機会論」は犯罪が起きる場所に注目する。「危険な不審者」は見ただけでは分からないが、「危険な場所」は見ただけで分かるため、犯罪機会論には防犯効果を期待できる。防犯のグローバル・スタンダードが犯罪機会論であるゆえんだ。

もっとも、「場所」の力を借りれば、「人」に注目することも無意味ではない。というのは、場所の痕跡は、そこにいた人間の動機を反映するからだ。「場所は心を映し出す鏡」なのである。

こうした視点から、犯罪原因論と犯罪機会論が手を組んだのが「プロファイリング」だ。プロファイリングとはプロフィール(輪郭)を描くこと。そこから「特徴をあぶり出す」という意味で使われる。プロファイリングは、犯人の特徴をあぶり出し、容疑者を絞り込むことである。

プロファイリングが最初に注目されたのは、1940年から56年にかけて32個の爆弾がニューヨークに仕掛けられたマッド・ボマー(狂気の爆弾魔)事件。捜査に行き詰まった警察が精神科医のジェームズ・ブラッセルに協力を依頼したのだ。

ブラッセルによるプロファイリングの1カ月後、爆破犯が逮捕された。その特徴はブラッセルが描いた犯人像と一致し、「逮捕時、犯人はダブルのスーツを着てボタンを留めている」という予測まで的中した。

このブラッセルからプロファイリングのノウハウを学んだのが、FBI初のプロファイラー、ハワード・ティーテンだ。ティーテンは70年からFBIアカデミーでプロファイリングを教え、72年には同アカデミーに行動科学課が新設された(写真)。

newsweekjp_20240606033509.jpg

FBIアカデミーの行動科学課 筆者撮影

ティーテンが78年に退官した後は、ジョン・ダグラスとロバート・レスラーがプロファイリング開発の中心人物となった。このうちダグラスは、プロファイラーとして初めて行動科学課長になり、91年のアカデミー賞主要5部門を独占した『羊たちの沈黙』に登場するFBI捜査官のモデルになった。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページはこちら。YouTube チャンネルはこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナに大規模攻撃、西部テルノピリで25人死亡

ワールド

ウクライナに大規模攻撃、西部テルノピリで25人死亡

ワールド

エプスタイン文書、米司法省が30日以内に公開へ

ワールド

ロシア、米国との接触継続 ウクライナ巡る新たな進展
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、完成した「信じられない」大失敗ヘアにSNS爆笑
  • 4
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 5
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 6
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 7
    衛星画像が捉えた中国の「侵攻部隊」
  • 8
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 9
    ホワイトカラー志望への偏りが人手不足をより深刻化…
  • 10
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 7
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story