コラム

いつしか人命より領土を重視...「政治家」ゼレンスキー、「軍人」サルジニー総司令官の解任で戦争は新局面に

2024年02月10日(土)15時51分

「俳優から政治家になったゼレンスキーと戦場で経験を積んだザルジニーには文化や性格の違いがある。2年前にロシアがウクライナに侵攻してきた直後はこうした違いは重要ではなかった。ゼレンスキーはロシアの侵略に屈しないという国民の反骨精神を代弁した。ザルジニーは東部紛争でロシアと戦争状態にあったため戦闘に集中した」(エコノミスト誌)

ゼレンスキー氏にとって戦争の大義は民主主義の命運を賭けた戦いから、ロシア軍に占領されている全領土を奪還することになった。いつしか人命より領土が重視されるようになった。この大義が達成できないことが明らかになるにつれ、ゼレンスキー氏はザルジニー氏を疎ましく感じるようになる。ザルジニー人気も脅威だった。

戦争で政治指導者と総司令官が疎んじ合うのは珍しくない

キーウ国際社会学研究所(KIIS)の世論調査(昨年12月4~10日、18歳以上のウクライナ国民1200人)によると、ロシア軍の猛攻を食い止めるウクライナ軍へのウクライナ国民の信頼度は96%で、1年前から変わらない。ザルジニー総司令官も88%の信頼度を得ていた。一方、ゼレンスキー氏の大統領職への信頼度はこの1年で84%から62%に低下した。

戦争で政治指導者と総司令官が疎んじ合うのは珍しいことではない。朝鮮戦争でハリー・トルーマン米大統領は、核兵器使用を主張するダグラス・マッカーサー国連軍総司令官を解任。バラク・オバマ米大統領は2010年、ジョー・バイデン副大統領(当時)ら政権関係者を公然と中傷したアフガニスタン駐留軍司令官スタンリー・マクリスタル氏を解任した。

イラク、アフガニスタンに従軍し、米統合参謀本部の戦略官も務めたミック・ライアン元オーストラリア陸軍少将は自分の有料ブログに「2人の間の緊張は少なくとも1年間、それ以前に逆上っても明らかだった。平時であれ有事であれ、文民と軍の関係には常に緊張がつきまとう。しかし民主主義国家では文民指導者が常に軍に対して優位に立つ」と指摘する。

「ザルジニーは総司令官として人気がある。彼はロシアの大規模侵攻の数週間前から準備していた。これによりロシアのキーウ侵攻を撃退する鍵となった重要な要素が確保された。しかし南部の大半はアッという間に陥落した。ロシアの兵站拠点であるクリミアからの支援が容易だったためだが、ザルジニーには責任の一端がある」(ライアン氏)

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月

ビジネス

アップル、レアアース磁石購入でMPマテリアルズと契
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story