コラム

ドイツ総選挙 極右政党「ドイツのための選択肢」94議席の衝撃 問われる欧州の結束

2017年09月26日(火)14時00分

レバノンとエジプトの大学で法律を学んだサーエルはエジプト第2の都市アレクサンドリアでパスポート(旅券)を盗まれた。地元警察は1カ月の滞在許可をくれたが、シリアに戻れば政府軍に徴兵され、戦わなければならなくなる。

「内戦で死ぬか、地中海の藻屑となるか」。2015年5月、サーエルは2200ユーロを払い、老朽漁船で10日間かけイタリアのシチリア島に密航する。生きのびる可能性がまだあると思ったからだ。ドイツにたどり着いたサーエルのホームステイ先になったのは弁護士のコルト・ブルーグマン(47)だ。

人権法に関わる仕事をすることを望んでいたサーエルは「コルトの家族はみんな親切で、とても慎み深かった。仕事先まで紹介してくれた彼のことを兄弟のように感じている」と話す。一方、コルトは「サーエルは素晴らしい若者で、妻も娘も彼を受け入れるのにすぐ賛成してくれた」と振り返る。

kimura20170926102005.jpg
ドイツ人弁護士のコルト・ブルーグマン Masato Kimura

希望にあふれた欧州はどこへ

コルトはEU・トルコ合意が結ばれた昨年3月以降、年に数回、ギリシャのレスボス島を訪れている。レスボス島に長期間、足止めされた難民に対し、ボランティアとして難民申請に必要な法的アドバイスを行うためだ。コルトらが中心になって有志の弁護士で独立NGO(非政府組織)「レスボスの欧州弁護団」を結成した。

コルトは、EUは境界に大きな壁を築いていると思っている。「難民たちは人道的な支援を受けているが、極めて不安定な状況にも関わらず、十分な法的アドバイスが提供されていない」と表情を曇らせる。

ギリシャやイタリアに滞留した難民16万人を加盟国に振り分けるEUの計画が実行されたのは2万7695人(9月4日時点)。17%の達成率だ。EUは重債務に苦しむギリシャに背負いきれない負担を押し付けている。コルトは23歳になった息子にこう問いかけた。

「お父さんが23歳だった時、欧州は希望にあふれていた。東西ドイツが統一し、欧州は拡大した。カギとなるアイデアは欧州の結束だ。しかし結束力は激減した。お前たちの世代は欧州に何を見るのだろう。欧州が解体するとは思わないが、持続的な結束が求められている」

20170905_183323 (720x540).jpg
「ドイツのための選択肢」を支持する若者(ハイデルベルク) Masato Kimura

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請、3.3万件減の23.1万件 予

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期

ワールド

台湾中銀、政策金利据え置き 成長予想引き上げも関税

ワールド

UAE、イスラエルがヨルダン川西岸併合なら外交関係
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story