コラム

シリア停戦発効でも、ますます混迷深まる欧州難民危機 その対処策を考えてみる

2016年03月03日(木)17時00分

難民の押し付け合いは、暴動やISISへの転向者を増やすだけ(マケドニア国境のフェンスを壊そうとする難民たち) Alexandros Avramidis- REUTERS

 国際移住機関(IOM)によると、今年に入ってギリシャに上陸した難民はすでに12万369人、昨年同期の3952人を30倍以上も上回っている。ゴムボートでの密航で命を落としたのは321人。一方、イタリアには9086人が上陸し(昨年同期は7882人)、97人が犠牲になった。シリアのアサド政権と反政府勢力の停戦が発効したが、ロシアの容赦のない「駆け込み空爆」がシリア難民の数を拡大させたのは間違いない。

 これからエーゲ海の天候は良くなり、気温も上昇してくる。果たして停戦発効で、シリア難民が減るのか、それとも先の大戦以来「最悪」と言われた昨年の難民危機を上回る難民が押し寄せるのか、予断を許さない。孤軍奮闘するドイツの首相メルケルのリーダーシップの下、欧州連合(EU)が協調できるのか、英国のEU残留・離脱の国民投票より、はるかに大きな問題を突き付けている。タイムリミットは3月17~18日にブリュッセルで開かれるEU首脳会議だ。

ドイツの人口10万人当たりの難民申請者は587人

 未曾有の難民危機に対処するためには協調が必要なのは自明のことなのに、どうしてEUは加盟国同士が難民を押し付け合う「近隣窮乏化政策」に走るのか。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、トルコが受け入れているシリア難民は約269万人、レバノンが約107万人、ヨルダンが約64万人。レバノンを例にとると人口10万人当たり2万3675人の難民を受け入れている。EU加盟国では人口10万人当たりの難民申請者はハンガリーが一番多く1798人、次はスウェーデンで1667人。昨年110万人の難民が押し寄せたドイツでも同587人で、EU平均では255人に過ぎない。

【参考記事】欧州としての解決策か、それとも近隣窮乏化か EUの命運は四面楚歌のメルケル独首相にかかっている

【参考記事】ドイツを分断する難民の大波

 経済的にはトルコやレバノン、ヨルダンより随分、豊かなEUには難民危機に十分対処できる能力がある。まず、EU内の主なプレーヤーの立場と主張を見ておこう。

【ドイツの首相メルケル】

 ドイツは難民の受け入れを制限しない。パスポートなしで国境を自由に行き来できるシェンゲン協定を維持する。トルコを支援する代わりにEUへの難民流入を抑制してもらう。EU加盟国の人口や経済力に応じて難民の受け入れ枠を割り当てる。「難民が殺到するギリシャを見殺しにするため、財政危機から救ったわけではない」「これは私たちの歴史にとって非常に重要な局面だ。プランBはない(政策転換はない)」と欧州の結束を呼びかけている。

【関連記事】アメリカは孤立無援のメルケルを救え

【ギリシャの首相チプラス】

 ギリシャはトルコからのシリア難民流入の主要ルート。隣接するマケドニアが有刺鉄線のフェンスを設置、軍隊を出動させ国境を封鎖したため、3万人の難民が国境近くの劣悪なテント村や首都アテネなどに滞留。財政危機で予算も限られており、「一国の限界を超えている」と支援を要請している。イタリアの首相レンツィも同じ立場だ。

【ハンガリーの首相オルバン】

 難民が欧州に押し寄せたのはドイツが甘い顔をしたからで、「モラル帝国主義だ」とメルケルを激しく非難している。EUが合意した難民受け入れの割当制について、「国民の意見を聞かずに実施するのは権力の乱用だ」と年内に国民投票を実施する方針を表明した。国民の大半は割当制に反対。ポーランド、チェコ、スロバキアも割当制反対でオルバンに同調している。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

台湾鴻海、第2四半期売上高は過去最高 地政学的・為

ワールド

ダライ・ラマ「一介の仏教僧」として使命に注力、90

ワールド

BRICS財務相、IMF改革訴え 途上国の発言力強

ワールド

英外相がシリア訪問、人道援助や復興へ9450万ポン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 8
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    「登頂しない登山」の3つの魅力──この夏、静かな山道…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story