コラム

南米2大国の「共通通貨」構想...チラつく中国の影と、国際情勢における意味を読み解く

2023年02月08日(水)11時49分
ブラジルのルラ大統領とアルゼンチンのフェルナンデス大統領

GETTY IMAGES

<現実的に共通通貨の創設は困難だとしても、米中対立と経済ブロック化が進む中で持つ意味合いは軽視すべきでない>

南米ブラジルとアルゼンチンが、両国に通用する「共通通貨」の創設に向けて協議を開始した。アルゼンチンのインフレ率は90%を超えており、実現は困難との声は強い。実務的にはそのとおりだが、両国の動きは国際金融や国際政治に微妙な影響を与えそうだ。

ブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領(写真左)とアルゼンチンのアルベルト・フェルナンデス大統領(同右)は首脳会談で、両国の共通通貨「スール(仮称)」の創設に向けて協議を始めることで合意した。

ブラジルの通貨はレアル、アルゼンチンの通貨はアルゼンチン・ペソだが、新通貨は両通貨を完全に置き換えるのではなく、既存通貨を残したまま、共通通貨を発行する。新しく発行される通貨は日常的な取引には用いられず、両国が加盟する「南米南部共同市場(メルコスル)」などにおける貿易決済通貨としての活用を想定している。

現在、国際金融システムはドルをベースに構築されており、南米のようにドル以外の通貨を持つ国においても、貿易決済にはドルが使われるケースが多い。こうしたドルを基軸にした国際金融システムは、アメリカが持つ覇権の1つであり、経済力が小さい国にとっては、アメリカに依存せざるを得ない要因となっている。

そもそも両国はなぜ共通通貨構想を打ち出した?

南米最大の経済大国であるブラジルと2位のアルゼンチンが組んで共通通貨を構築できれば、域内の貿易を低コストで、かつアメリカに依存せずに実行できる可能性が見えてくる。

もっともアルゼンチンは経済破綻ギリギリの状態であり、ブラジルも高インフレが続き、経済基盤が良好とはいえない。こうした両国が共通通貨を創設するのは容易ではなく、実現は難しいとの見方が大半を占める。特にブラジルにとってはデメリットも大きいが、なぜ両国は共通通貨創設構想を打ち出したのだろうか。背景には世界経済の急速なブロック化と、それに伴う通貨覇権のシフトという政治的な動きがあると考えられる。

世界経済は米中の政治的対立とロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、アメリカ圏、中華圏(東南アジアとロシアを含む)、欧州圏への分断が進んでいる。1990年代以降、世界経済はグローバル化(単一市場化)が進み、それに伴ってドルの地位は圧倒的になった。ところが世界経済がブロック化し始めたことで、ドル中心の国際金融システムに変化の兆しが出ている。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロで軟調、円は参院選が重し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story