コラム

GEがボストンに本社を移し、日本企業は標準化の敗者となる

2016年01月19日(火)15時47分

GEは近年、製造業、特に重電・機械部門への特化を明確にしているが、ただの製造業回帰ではなく、現代の産業革命とも言われるIoTで主導権を握ろうとしてのことである Benoit Tessier-REUTERS


〔ここに注目〕IoT(モノのインターネット)

 米ゼネラル・エレクトリック(GE)は14日、本社をマサチューセッツ州のボストンに移すと発表した。同社はこれまでコネティカット州のフェアフィールドに本社を置いていたが、昨年から移転の話が取り沙汰されていた。移転先としては、南部など税金の安い地域の名前が挙がっていたが、最終的に決まったのはボストンであった。同社がこの街を選択した理由ははっきりしている。全米有数の学術都市に本社を移転し、製造業のデジタル化を一気に加速させることが最大の狙いである。

 現在、製造業の世界では、デジタル化をめぐって激しい主導権争いが行われている。GEのドラスティックな動きによって、日本勢はさらに不利な状況に追い込まれる可能性が出てきた。場合によっては、マーケットフォロワーとして、GEや独シーメンスに徹底的に追随するという現実的選択肢も必要となるかもしれない。

税金の安い南部ではなく、研究開発を重視して東部の学術都市へ

 同社がフェアフィールドに本社を置いたのは1974年のことであり、本社移転は実に42年ぶりのことになる。コネティカット州の税制が変わる可能性が出てきたことが最大の理由だが、当初はジョージアやテキサスなど南部の州にある諸都市が候補地として挙がっていた。

 南部の都市は安い税金を武器に製造業の誘致に積極的である。北米トヨタも、自動車産業の中心地であるミシガンやオハイオなどの中西部から、南部へのシフトを強めている。最高級車であるレクサスを初めて北米で生産するにあたってトヨタが選択したのはケンタッキー工場であった。しかも昨年には本社機能のダラス(テキサス州)集約も発表している。GEもケンタッキー州のルイビルに大規模な開発・製造拠点を持っており、本社を南部に移転するとの見方は有力だった。

 だが実際に同社が選択したのは、東部の学術都市であるボストンだった。GEのイメルト会長は、「ボストンは研究開発に対してもっとも積極的な街」であることを移転の理由として説明している。GEが本社を選択する基準は、税金だけではなく、各州の政治家がどのような通商政策を掲げているのかなど、政治的状況も考慮に入れているという。だが、ボストンを選択した最大の理由は、イメルト氏が説明する通り、研究開発を重視した結果であることは間違いない。

 ボストンはハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)など55もの大学が集積している学術都市である。GEはかつて金融部門を拡大し、脱製造業に舵を切ったかに見えた時期もあった。だが近年は製造業、特に重電・機械部門への特化を明確にしており、昨年には、同社の金融部門が保有する265億ドル(約3兆2000億円)にのぼる商業用不動産の売却を発表している。

 また家電部門も売却を決定しており、最終的に中国のハイアールに約54億ドル(約6400億円)で売却することについて合意した。家電部門については、当初、欧州の家電大手エレクトロラックスへの売却が決まっていたが、米司法省が差し止めを求めたことでこれを断念したという経緯がある。GEの家電売却の意思は固かったようだ。

 非コア部門の売却を進める一方、同社はフランスの重電大手アルストムを昨年11月に買収している。GEは合理化に伴い6500人の人員を削減する方針を明らかにしており、同社が重電・機械部門への集中をハイペースで進めていることが分かる。

製造業のビジネスモデルは劇的に変化しつつある

 同社が重電・機械部門へのシフトを進めるのは、単純な意味での製造業回帰ではない。現代の産業革命とも言われるIoT(モノのインターネット)の主戦場がこの分野となる可能性が高いからである。IoTは、産業用の機器類にセンサーを搭載し、インターネットで相互接続することで、高度なサービスを顧客に提供しようという新しい概念である。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

エネルギー施設攻撃停止、迅速に実施可能=ゼレンスキ

ビジネス

日野自動車、米国でのエンジン認証問題で罪認める 制

ビジネス

FRB、年内0.5%利下げ予測維持 不確実性「異常

ワールド

アングル:ロンドンの劇場が絶好調、米ブロードウェイ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平
特集:2025年の大谷翔平
2025年3月25日号(3/18発売)

連覇を目指し、初の東京ドーム開幕戦に臨むドジャース。「二刀流」復帰の大谷とチームをアメリカはこうみる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研究】
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「レアアース」の生産量が多…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    「気づいたら仰向けに倒れてた...」これが音響兵器「…
  • 7
    ローマ人は「鉛汚染」でIQを低下させてしまった...考…
  • 8
    医師の常識──風邪は薬で治らない? 咳を和らげるスー…
  • 9
    失墜テスラにダブルパンチ...販売不振に続く「保険料…
  • 10
    DEFENDERの日本縦断旅がついに最終章! 本土最南端へ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研究】
  • 4
    「若者は使えない」「社会人はムリ」...アメリカでZ…
  • 5
    失墜テスラにダブルパンチ...販売不振に続く「保険料…
  • 6
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「石油」の消費量が多い国はどこ…
  • 8
    自分を追い抜いた選手の頭を「バトンで殴打」...起訴…
  • 9
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「…
  • 10
    【クイズ】世界で2番目に「レアアース」の生産量が多…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story