コラム

シリア「虐殺された町」の市民ジャーナリストたち

2018年04月13日(金)18時03分

SNSを通して届いたISからRBSSメンバーへの脅迫=『ラッカは静かに虐殺されている』より(UPLINK提供)

<歴史上初めて、市民が欧米メディアに代わって戦争報道を担う状況がシリアに生まれている。ISに支配されたラッカからSNSで発信を続け、注目を集めた市民ジャーナリストグループを追ったドキュメンタリー映画『ラッカは静かに虐殺されている』。彼らはいま、米軍・有志連合の支援を受けたクルド人民兵という新たな敵と対峙している>

過激派組織「イスラム国」(IS)のシリア側の都だったラッカを舞台に、市民ジャーナリストがIS支配を告発するドキュメンタリー映画『ラッカは静かに虐殺されている』が4月14日から東京で公開される(公式サイトはこちら)。

ISはインターネットを通じて世界に宣伝画像を拡散させ、3万人以上の若者たちを中東や欧米から集めた。ISに抵抗する市民が使う手段もまたインターネットのSNSだった。このドキュメンタリーはSNS時代に拡散する暴力に対する「市民の闘い」の記録である。

映画の題名『ラッカは静かに虐殺されている』(Raqqa is Being Slaughtered Silently:略称RBSS)は、そのまま市民ジャーナリストグループの組織名である。

2014年春、シリアの都市ラッカをISが支配し、その直後に市民が秘密抵抗組織としてRBSSを設立した。RBSSはラッカにいる十数人の市民ジャーナリストが秘密裏に情報収集し、写真、映像を撮り、国外にいるメンバーに送って、ツイッター、フェイスブックなどのSNSにアップする。イスラムを厳格に解釈し、違反する市民を鞭で打ったり、手を切断したり、斬首や銃殺による処刑を繰り返すISの恐怖支配の様子を伝える。

アラブの春とともに始まり、国際報道自由賞を受賞したが

この映画はIS支配下のラッカを描くドキュメンタリーではなく、ラッカから送られてくる情報を受けて発信する国外チームを追ったものである。

国際組織「ジャーナリスト保護委員会」(CPJ)は2015年の「国際報道自由賞」にRBSSを選んだ。映画の冒頭に、ニューヨークで行われた授賞式でRBSSメンバーのアブドルアジズ・アルハムザ(通称アジズ)が受賞演説を始める場面がある。

ラッカから遠く離れたニューヨークでスポットライトが当たる場面は、成功や栄誉の瞬間ではなく、普通の市民がISを敵に回して、途方もないリスクを負う戦いの始まりなのである。

RBSSには実は前段階がある。2011年にアラブ世界で吹き荒れた民主化運動「アラブの春」が始まる前、アサド体制のもとでラッカは平穏な地方都市だった。チュニジア、エジプトで強権体制を崩壊させた若者たちのデモは、シリアにも波及した。ラッカでも「国民は政権崩壊を望む」と叫ぶ市民デモが始まった。

シリア内戦の発端となった場所は南部の都市ダラアだ。2011年3月、「民衆は体制崩壊を求める」と壁に落書きした少年たちを警察が拘束し、拷問したことに、その家族や地域の住民が抗議した。

激化した抗議デモに対して政権が軍・治安部隊で武力制圧し、多くの犠牲者が出て、騒ぎが全国に広がったとされる。ダラアはラッカと同様、スンニ派部族の勢力が強い地域で、政府への抗議はラッカにも飛び火した。

シリアの市民ジャーナリズムは「アラブの春」とともに始まった。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏が英国到着、2度目の国賓訪問 経済協力深

ワールド

JERA、米シェールガス資産買収交渉中 17億ドル

ワールド

ロシアとベラルーシ、戦術核の発射予行演習=ルカシェ

ビジネス

株式6・債券2・金2が最適資産運用戦略=モルガンS
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 2
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 3
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがまさかの「お仕置き」!
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが.…
  • 8
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 9
    「なにこれ...」数カ月ぶりに帰宅した女性、本棚に出…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story