コラム

イラク政府のファルージャ奪還「成功」で新たな火種

2016年06月23日(木)16時12分

シーア派民兵は「イランの指令下」と政府関係者

 ファルージャ奪回作戦にシーア派民兵が介入したことについて、イラク治安筋に近いスンニ派の政府関係者と連絡をとった。イラク政府が民兵の介入を抑えられないことについて、「イラク政府にはISとの戦いで、軍、警察・治安部隊、対テロ部隊などによる政府の統一作戦本部があるが、民兵の統一作戦本部は別にあり、民兵の動きに政府の意向は通らない」と語った。

 民兵の作戦本部には、民兵組織の幹部やイスラム組織の代表などのほかに、イランの革命防衛隊の関係者が入っているものの、イラクの政府や軍、治安部隊のメンバーは入っていないという。「民兵の動きは、イラク政府ではなく、イランの指令の下にある」というのである。イランの革命防衛隊は、イラン国内ではシーア派のイスラム革命を守る立場で、対外的にはレバノンのシーア派組織ヒズボラを支援し、さらにシリア内戦ではヒズボラと共にアサド政権軍を軍事的に支援している。イラクの対IS戦争でも、イラン革命防衛隊がイラクのシーア派民兵の背後にいることで、イラク政府の抑えがきかなくなっている。

 シーア派のマリキ前首相が強権的手法でスンニ派を抑え込んだ政策が、スンニ派の反発を招き、モスルのあるニナワ州、ティクリートのあるサラハディン州、ラマディやファルージャのあるアンバル州で、政府に反発するスンニ派部族がISと結んで反乱を起こした。それが2014年6月にISの台頭という形をとったのである。

 マリキ首相に代わって、宗派の融和を掲げるアバディ首相が登場し、政府に参加するスンニ派勢力と協力してISとの戦いを繰り広げている。しかし、2015年3月のティクリート奪還でも、ISを排除した後にシーア派民兵による報復的な大規模破壊がティクリートや周辺の町村で行われ、さらに民衆に対する殺害や暴力も報告されている。

【参考記事】イラク:アバーディ新首相の評価は

 今回のファルージャ奪回作戦にあたっては、アバディ首相は「民衆の保護」を約束したが、実際にはシーア派民兵の暴走が起こってしまった。私が連絡をとった同政府関係者は、「マリキ前首相は自ら民兵創出に関わり、民兵に対する影響力を持っていたが、現アバディ首相には民兵を抑える力はない」と語った。

 ファルージャでは2年半に及ぶISによる支配で、禁煙や女性へのベール強制、女性が単独で町に出ることの禁止など厳格なイスラム法支配が実施され、住民の間にISへの支持が離れ、反発が広がったとの報告も出ていた。

 しかし、政府がISを排除した地域で、さらにシーア派民兵による報復的な暴力が広がれば、スンニ派部族や民衆の間に、政府への反発が高まり、IS支持が再燃することにもなりかねず、新たな紛争の火種となることは必至である。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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