コラム

佐渡金山の世界遺産登録問題、韓国も日本も的外れ

2022年02月02日(水)18時20分

菅直人の前任者であった鳩山由紀夫が、長い慰安婦問題との関係を有していた事にも現れているように、民主党政権は韓国との間に横たわる歴史認識問題の解決に積極的な政権であった。当然の事ながら、このような政権下において、韓国併合100周年を直前にした時期の佐渡金山の暫定リスト入りに、「歴史否定」の意が込められている筈がない。だからこそ、当時の韓国の李明博政権も韓国世論も、佐渡金山の暫定リストを否定的に論じはしなかった。

つまり、そもそもこの問題は、本来、日韓の間に横たわる歴史認識問題とは全く無関係なものである。にも拘わらず、近年激化する歴史認識問題を巡る日韓間の対立の中、いつしか、韓国ではこれがあたかも第二次安倍政権以降の自民党政権による「歴史否定」の一環であり、韓国に対する挑戦だと見做されるようになっている。

そして、本来日韓関係とは無関係な問題を、積極的にその一部として位置づけようとしているのは、日本側も同様である。例えば、安倍晋三元首相は夕刊フジの取材に答える形で、この問題について、「いまこそ、新たな『歴史戦チーム』を立ち上げ、日本の名誉と誇りを守り抜いてほしい」と述べている。元首相や彼と同じ自民党の保守的な政治家が、この問題を、日韓両国間の歴史を巡る争い、即ち、彼らのいう所の「歴史戦」の一部に位置付けようとしているのは明らかである。

朝鮮人が動員されていたのは事実だが

しかしこのような動きは、佐渡金山の世界遺産登録に向けて、プラスになるものではない。何故なら、所謂「歴史戦」において中心的に議論されているのは、朝鮮半島における植民地支配を巡る問題だからだ。佐渡においても、総力戦期に朝鮮半島から動員された労働者が多数働いていた事は良く知られており、これまでに研究論文も幾つか書かれている。

一次史料の発掘も進んでおり、例えば筆者の手元にも「佐渡鉱業所」が作成した「半島労務管理に付て」という記録がある。そこには、「移入当時の政府方針に従ひ内鮮無差別取扱方針"なるも"民族性よりして常に可成り引き締めていく要あり[強調筆者]」として、「与えるところは与え締めるところは締める」という方針に基づく、労働者の逃亡防止対策が示されている。鉱山からの逃亡を試みる朝鮮人労働者に、日本政府と鉱山側が「徹底的取締の強化」を以て対峙した事がよくわかる文書である。

勿論、例えば戦時において動員先における労働契約の解除が容易でなかった事は、内地人においても同様であり、確かにその点においては、朝鮮半島から動員された労働者と大きな違いがあった訳ではない。しかしながら、朝鮮半島からの労働者の多くが動員先の環境に対して不満を有していた事は、その極めて高い逃亡率からも明らかであり、だからこそこれに対して、ここでも管理側は「徹底的取締」により対する事となった。それは間違っても、「美しい話」ではない。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、イラン・イスラエル仲介用意 ウラン保管も=

ワールド

イラン核施設、新たな被害なし IAEA事務局長が報

ビジネス

インド貿易赤字、5月は縮小 輸入が減少

ワールド

イラン、NPT脱退法案を国会で準備中 決定はまだ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story