コラム

佐渡金山の世界遺産登録問題、韓国も日本も的外れ

2022年02月02日(水)18時20分

とはいえ、それは本来、江戸時代における世界史的重要性を中心に据えた今回の佐渡金山の世界遺産登録に向けての動きとは別の話の筈である。何故なら、佐渡鉱山において見られた朝鮮半島からの戦時労働者を巡る状況は、ここにのみ固有のものではなく、当時の日本の戦時動員システムそのものに由来する問題だからである。にも拘わらず、今回韓国政府がこの異なる問題である両者を結び付けようとし、これに対して日本側もまた、これを「歴史戦」の一環として応戦する。それは韓国政府のみならず、日本政府もまた、この問題を自ら植民地支配に関わる問題に結び付けて議論しようとしている事を意味している。

そして、問題がそのような展開になった場合、不利になる可能性が大きいのは日本側だ。現在の国際社会において植民地支配は肯定的に考えられておらず、第二次世界大戦を巡る問題について、嘗てドイツやイタリアと共に「枢軸国」側に属していた日本の行為は好意的には捉えられていない。既に述べたように、戦時における鉱山での労働状況が好ましいものでなかった事は明らかであり、それを何かしらの「美しい話」へと転化させるのは無理がある。その結果は、「明治日本の産業革命遺産」を巡る問題に関する、昨年7月のユネスコ世界遺産委員会における日本政府の一連の措置に対する「遺憾」を示す決議に明らかだろう。

焦点は「顕著な普遍的価値」

そもそも世界遺産とは、人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」を持つものの事であり、だからこそ文化遺産においてその価値は、各国の歴史ではなく、世界史に直接結びつけられるべきものでなければならない。言い換えるなら、世界遺産の登録を巡る問題を、韓国や日本といった、特定の国家や民族の「名誉と誇り」に関わる問題として位置づけるのは、ピント外れなのである。だからこそ、この問題を議論するに当たり、特定の国家や民族に関わる問題として語れば語る程、国際社会での説得力は失われる事になる。

重要なのは、国家や民族の名の下に争う事ではなく、佐渡金山等、個々の歴史遺産が人類全体に対して有する「顕著な普遍的価値」を粛々と訴える事である。そしてそれこそが、歴史に向かい合う事であり、何よりも先人と、長年世界遺産登録に尽力してきた佐渡や新潟県の人々に報いる事だと思うのだが、違うだろうか。


プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

S&P、米信用格付けを据え置き 関税歳入が財政打撃

ビジネス

少額の仮想通貨所有、FRB職員に容認すべき=ボウマ

ビジネス

ホーム・デポ、第2四半期は予想未達 DIY堅調で通

ワールド

インド首相・中国外相が会談 直行便の再開や貿易・投
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル」を建設中の国は?
  • 4
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 5
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 6
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 7
    時速600キロ、中国の超高速リニアが直面する課題「ト…
  • 8
    【クイズ】沖縄にも生息、人を襲うことも...「最恐の…
  • 9
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 10
    「吐きそうになった...」高速列車で前席のカップルが…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 4
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 7
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 8
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story