コラム

佐渡金山の世界遺産登録問題、韓国も日本も的外れ

2022年02月02日(水)18時20分

だからこそ、現在進行している大統領選挙においてもこの問題は出てこない。唯一目立つのは、与党側の候補者である李在明が1月28日、自らのフェイスブックに書き込んだ短い文章である。この中で彼は次のように述べている。


佐渡鉱山は強制動員が行われた生々しい現場であり、残酷な帝国主義侵奪の産物です。 にも拘わらず、その世界文化遺産への登録を推進する事は、日本が人権蹂躙の醜悪な実態を隠す為の手段としてこれを用いようとしているものだと言わざるを得ません。 佐渡鉱山のユネスコ文化遺産登録は、軍艦島に続くもう一つの歴史蛮行です。 強制動員被害者に対する大法院の判決を否定し、謝罪すらしない日本が、強制徴用の現場を世界文化遺産に申請する事は、深刻な歴史否定であり、被害者への拭い去ることのできない侮辱です。

李在明の言葉に示されているのは、佐渡金山の世界遺産登録申請を、日本政府による「歴史否定」を巡る動きとして位置付ける理解であり、そこには今の韓国におけるこの問題に対する認識が典型的に表れている。そしてこのような認識の背後に存在するのは、第二次安倍政権成立以降の「(彼らのいう所の)極右」自民党政権が、歴史修正主義的な動きを進めているという理解であり、だからこそユネスコにおける世界遺産登録もその一環だと考えられている。当然の事ながら、そこにおいてはそもそも佐渡金山がどのような鉱山であり、その世界遺産申請において日本政府がどのような説明を行っているか、についての関心は存在しない。

暫定リスト入りした時は菅直人政権

とはいえ、少し振り返ればわかるように、このような韓国国内の理解は明らかに的を外したものである。何故なら佐渡金山の世界遺産登録を目指す動きは、既に20年以上の歴史を持つものだからである。新潟県と佐渡市が国内暫定リスト入りに向けての申請を文化庁に行ったのが2007年、ちょうど同じ鉱山である石見銀山が世界遺産として登録された年の事である。その申請が認められ暫定リスト入りする事が最終的に確定したのは、2010年6月。当時の与党は自民党ではなく民主党であり、首相は就任したばかりの菅直人であった。その菅直人はこの僅か2か月後、時あたか恰も迎えた韓国併合100周年を前に、いわゆる菅談話を発表した。談話で菅直人は次のように述べている。


私は、歴史に対して誠実に向き合いたいと思います。歴史の事実を直視する勇気とそれを受け止める謙虚さを持ち、自らの過ちを省みる事に率直でありたいと思います。痛みを与えた側は忘れやすく、与えられた側はそれを容易に忘れる事は出来ないものです。この植民地支配がもたらした多大の損害と苦痛に対し、ここに改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明いたします。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、政府非公認教会の牧師数十人拘束

ワールド

マダガスカルでクーデターの試みと大統領、兵士が抗議

ビジネス

中国輸出、9月8.3%増で3月以来の伸び 対米摩擦

ワールド

北朝鮮の潜水艦開発、ロシアが技術支援か 韓国国防相
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃をめぐる大論争に発展
  • 4
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 9
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 6
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 7
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 8
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 9
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 10
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story