コラム

佐渡金山の世界遺産登録問題、韓国も日本も的外れ

2022年02月02日(水)18時20分

日本政府が世界遺産に推薦した佐渡金山 佐渡市役所/YouTube

<韓国側は安倍元首相以降の「歴史修正主義」の一環と位置づけ、安倍氏も「歴史戦」としてその土俵に上がるなか、佐渡金山の普遍的価値は置き去りにされている>


「ところで佐渡ってどこにあるんですか?長野県?」

佐渡金山の世界遺産登録を巡る議論が過熱している。この問題が日韓関係に関わる問題として注目を浴びるようになったのは、2015年、「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録を巡ってユネスコにおいて、日韓両国が激しく対立していた時期からの事である。言い換えるなら、2010年に日本政府が選定するユネスコの「暫定リスト」に既に登録されていた佐渡金山は、それまで日韓関係において、特段に注目される存在ではなかった。

しかしながら、この2015年、日本が進める「明治日本の産業革命遺産」の中に、端島(通称軍艦島)をはじめとして、「朝鮮半島出身者が強制労働をさせられた施設」が含まれている、として韓国政府がその登録への動きを批判した事により、問題は佐渡金山に飛び火した。即ち、やはり日本が暫定リストに登録し、将来の世界遺産登録実現を目指す佐渡金山においても、朝鮮半島出身者が労働者として動員された事が既に知られており、韓国側は類似した事例だと捉えたからである。

とはいえその事は、韓国の人々が以後、佐渡金山そのものを巡る問題に大きな関心を寄せて来た事を意味しない。例えば、冒頭の台詞は筆者が出席した昨年末に行われた日韓関係に関わるオンラインでの会議にて、韓国側の研究者から飛び出したものである。択捉、国後、沖縄に続く第4位の大きさを持つ佐渡島は、その日本海におけるとびぬけた大きさもあり、日本地図においてはインパクトを持つ存在であり、その歴史も日本国内においては良く知られている。

韓国側はさほど興味なし

だが、その事は韓国をはじめとする世界各国の人々が、この島とその歴史を我々と同様に知っている事を意味しない。多くの日本人が韓国の島の名前を幾らも知っていないように、韓国の人達もまた、本州、北海道、九州、四国といった日本列島を構成する主要な島以外は、県名にもなっている沖縄や韓国の目の前にある対馬等を例外とすれば、日本列島にある島の存在を具体的に殆ど認識していない。勿論、佐渡に長い金山の歴史があり、日本、更には世界経済において重要な役割を果した事など、韓国の人々は理解していない。

そもそも現在の韓国においては、佐渡金山の世界遺産登録を巡る問題に、例えば日本国内同様に大きな関心が寄せられている訳でもない。3月9日の大統領選挙を控えたこの国では、他の国と同じくその最大の争点は経済政策や新型コロナ対策といった国内問題であり、外交関係は大きく後景に退いている。日韓関係はその外交関係の一部に過ぎず、そのさらに一部にしか過ぎない佐渡金山の登録を巡る問題について、大きな関心が集まっているとはとても言えない。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア国営TV、米有権者をトランプ氏に誘導か=米情

ワールド

アングル:ハリス対トランプ」TV討論会、互いに現状

ワールド

SNS、ロシア影響下疑惑の投稿にほぼ未対応

ワールド

アングル:サウジに「人権問題隠し」批判、eスポーツ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本政治が変わる日
特集:日本政治が変わる日
2024年9月10日号(9/ 3発売)

派閥が「溶解」し、候補者乱立の自民党総裁選。日本政治は大きな転換点を迎えている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組10名様プレゼント
  • 2
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 3
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 4
    「私ならその車を売る」「燃やすなら今」修理から戻…
  • 5
    川底から発見された「エイリアンの頭」の謎...ネット…
  • 6
    世界に400頭だけ...希少なウォンバット、なかでも珍…
  • 7
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元…
  • 8
    「自由に生きたかった」アルミ缶を売り、生計を立て…
  • 9
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が…
  • 10
    「冗長で曖昧、意味不明」カマラ・ハリスの初のイン…
  • 1
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 2
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 3
    中国の製造業に「衰退の兆し」日本が辿った道との3つの共通点
  • 4
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
  • 5
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 6
    大谷翔平と愛犬デコピンのバッテリーに球場は大歓声…
  • 7
    死亡リスクが低下する食事「ペスカタリアン」とは?.…
  • 8
    無数のハムスターが飛行機内で「大脱走」...ハムパニ…
  • 9
    再結成オアシスのリアムが反論!「その態度最悪」「…
  • 10
    エルサレムで発見された2700年前の「守護精霊印章」.…
  • 1
    ウクライナの越境攻撃で大混乱か...クルスク州でロシア軍が誤って「味方に爆撃」した決定的瞬間
  • 2
    寿命が延びる「簡単な秘訣」を研究者が明かす【最新研究】
  • 3
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 4
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 5
    ハッチから侵入...ウクライナのFPVドローンがロシア…
  • 6
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 7
    日本とは全然違う...フランスで「制服」導入も学生は…
  • 8
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 9
    ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
  • 10
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story